第72話 下すべき決断
「だが、ちょっと待て」
二つだけ、気になることがある。アークティア人が、俺に何を言いたいのかもわかる。
それでも俺は、この期に及んで逃げ道じみたものを探そうと思っていた。
「アークティア人が地球人になるのは……できないのか?」
あるいは俺は、あえて逃げ道を見つけた上で――封じたかったのかもしれない。決断をする上では、迷いは邪魔なだけだから。
アークティア人はやや悩んだ上で、答えた。
「残念ながら、できません。厳密にはできるのですが、すぐに死んでしまうのです。地球人になった瞬間、攻撃衝動などの害意がいっせいに、地球人となった者の心に襲い掛かってきます。それに耐えられず、自ら命を絶ってしまう。だから、できないのです」
確かに、俺が喧嘩したあとも後悔にさいなまれる。あれの数十倍ひどいのが一気に押し寄せてきて、自殺衝動を起こさせるのか。
だが、ひとつ引っかかることがあった。
「なあ」
「何でしょう」
「今……『害意』って言ったよな」
「はい。言いました」
害意の定義はよくわからないが、具体例として攻撃衝動が挙げられた。
だとしたら――リリアンネは既に、害意を持っているんじゃないか? この前の事件で、正当防衛とはいえ不良に暴行を加えたのだ。
「残念ですが、正当防衛は別です。全てを肯定すると言われるアークティア人ですが、いたずらな死は望みません。見守るという使命を果たせなくなるからです。心の奥へと眠らせている本能ですが、私たちも争いは経験してきました。望むと望まざるとにかかわらず」
「そうかよ」
あれは例外に含まないのか。
「二つ目だ。リリアンネは、あと何年生きられる?」
「そうですね……。彼女はアークティア人の中でも若い世代に属しますので、短くても数千年は」
「わかった……」
数千年。人間では到底生きられそうにない、長い、長い年月。それがわかるだけでも十分だ。
そしてわかった以上、いよいよ退路はなくなった。リリアンネにその気があれば地球人になってもらうという目論見は、潰れたワケだ。
だが、潰れてよかったとも思っている。地球人だろうがアークティア人だろうが、リリアンネはリリアンネだ。そして俺は、リリアンネというひとりの女性を愛している。
ならば、これは俺が引き受けるべき問題だった。
「だったら、俺が決断する。リリアンネを巻き込むなよ」
「もとよりそのつもりです。リリアンネは、地球での暮らしぶりを聞くためだけに呼び戻したので」
「そうかよ」
地球人がアークティア人になることはできるのだろう。どうやってなるのかは、まったくわからないが。
リリアンネは、「一度なったら元に戻れない」とも、「気軽にはなれない」とも言った。どちらもわからなさすぎて、何も答えを出せない。どうすればいいんだ?
「教えて差し上げなさい、リリアンネ」
「はい」
そのやり取りを聞いた俺は、リリアンネに向き直る。
「何をすればいいんだ?」
リリアンネから、答えが返ってくる。
「私たちアークティア人の前で、『自分は今から、アークティア人の一員になる』と強く念じて」
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