10「最初の勇者と魔王です」③
油断をしていた。
まさか実の姉に背後から聖剣で刺されるなど思ってもいなかったからだ。
「おね、えちゃ?」
魔族と終戦を進め、一部の魔族が人と交流を持つようになった頃だった。
姉と一緒に、とある魔族の種族と会うための道中、突如として姉の聖剣が胸を貫いた。
口から血を流し、姉を振り返った。
「あー、もう限界」
「……え?」
白雪の胸から聖剣が抜かれる。
回復魔法をかけて血を止めようとするが、今度は聖剣が腰から腹にかけて突き刺さった。
「おね」
口から、鼻から、血が噴き出る。
立っていられず倒れた白雪を足蹴にすると、綾音は繰り返し聖剣を妹の身体に突き立てた。
「あんたさぁ、前から要領悪いと思っていたけど、馬鹿じゃないの! 戦争が終わったら、私がチヤホヤされないじゃない! 娯楽もなんもないクソみたいな世界で、ゲームみたいに魔族を殺すのが楽しいのに、共存? 家族? なにそれ、気持ち悪いんですけど!」
腕を、足を斬り離されてしまったことと、身体中を襲う激痛のせいで回復魔法が使えない。
それどころか、もう声さえ出なかった。
「ていうか、あんな気持ちの悪い奴らとよく仲良くしたいなんて思えるわね! あんな化け物が人の言葉を喋っているだけでも吐き気がするのに、同じ国で暮らすとか意味わかんない!」
姉が魔族をよく思っていないのは知っている。
コーワン国の王族貴族にそう教えられたからではなく、姉は生理的に魔族を受け入れることができなかった。
その理由まではわからない。
だが、魔族だって生きている。人間だって同じだ。
いい人もいれば悪い人もいる。生きているのだから、同じではないか。と繰り返し、姉に語ったことで、姉も一応は納得してくれたはずだった。
上部だけの納得であることはわかっていたが、いくら姉が強くとも限界があるのは、本人もわかっているはずだ。
魔族にも人間と最後まで闘おうと決めた種族もいるので、人間と魔族の戦争はまだ続くだろう。
姉は変わらず戦い続けるはずだ。そのことに、不満はあっても、今までと変わらなければいいと、腹を割って話し合ったつもりだった。
「あんたさぁ、私に隠れて貴族たちから支持を得ているみたいだけど、なに? 最終的には聖女として、宗教でも作りつもり? あんたを崇める奴らを増やして、私の地位を追い落とすつもりでしょう!」
違う、とは言えなかった。
この世界に大きな宗教はない。
各国で信仰はそれぞれだ。
王家を神のように崇める国もあれば、自然を信仰する国もある。
そして、聖女日比谷白雪を中心に、支援者たちが組織を作ろうとしていることも知っていた。宗教のトップになるつもりはなかったが、戦争を終わらせるために余計なことを言わないでいたのだ。
だが、まさか、姉がそんなことを気にしていたとは。
まさか、白雪が姉の地位を奪うなどと考えられているとは思わなかった。
「私に心から忠誠を捧げる下僕っていうのはいろんなところにいるのよ。あんたのそばにもね。戦争が嫌だと動き回るくらいなら、妹だから見逃してあげようとしたのに! 知ってる? 私に夢中だった王子が、最近はあんたのことばかり口にするのよ。私って、自分のものを取られるのが嫌いじゃない?」
白雪は姉に何も言えないことを涙する。
呼吸はもうすぐ止まり、絶命するだろう。
自分が死んだあと、姉は、世界は、戦争がどうなるのか気掛かりだ。
「あんたの死は無駄にしないわ。魔族に殺されたってことにしてちゃーんと役立ててあげるから」
白雪が一番して欲しくないことをよくわかっていた綾音は、涙を流す妹に歪んだ笑顔を浮かべた。
誰か、誰でもいいから、姉を止めてほしい。そう願いながら、日比谷白雪は絶命した。
異世界に召喚されてから、まだ三年も立っていなかった。
――
死の間際に、そんな声が聞こえた気がした。
――そして、日比谷白雪は魔王として生まれ変わったのだった。
〜〜あとがき〜〜
クリーさん「……お話長くありません?」
ぎゅんぎゅん「しっ、そういうこと言っちゃいけません!」
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