53「青年の正体です」①
サムたちは、誰も口を挟むことができずにいた。
かつてエヴァンジェリンは、呪いの力を持つ黒竜であることから竜の里での扱いが決していいものではなかった。一部の竜こそ親しくしていたが、それだけではエヴァンジェリンの孤独が癒されることはなかった。
そんな時、ふらりと竜の里に迷い込んできた青年は、エヴァンジェリンに怯えることなく、愛し合い――恋人となった。
母や周囲の反対を押し切り、竜の外に出たエヴァンジェリンは、青年の望むまま彼のために人間を、魔族を殺し、殺し、殺し続けて、魔王に至った。
その後、どんなことがあったのか不明だが、エヴァンジェリンは弄ばれていたことをようやく理解し、激昂して青年を殺した。
その後、遠藤友也やレプシー、そしてヴィヴィアン、ダグラスという魔王と出会い、孤独が完全に癒えることこそなかったが、それなりに楽しい日々を送っていたのだ。
――だが、まさか、殺したはずのかつての恋人が生きているとは思わなかっただろう。そして、エヴァンジェリンの前に現れるなどとも。
「……なにが竜の責任は竜が、だ。私は、私のことを迫害したクソ長老たちなんかと関係ねえ!」
「ならば構わないじゃないか。僕が竜を殺そうと、竜のまずい血を飲もうと。君にはなにも問題ない、そうだね」
「それはそうだ。だけど、気に入らねえんだよ!」
エヴァンジェリンが地面を蹴り、消えた。
ブレスではダメージを与えることができないと判断し、物理攻撃に出たのだ。
刹那に満たない間に、青年の背後に回ったエヴァンジェリンが拳を振るう。彼女の一撃は鋭く、青年の頭蓋を砕くか、潰すかのどちらかになると思われた。
しかし、青年はグラスを捨てると、振り返ることなくエヴァンジェリンの拳を掴み、受け止めた。
「おっと、危ない。僕は一応人間だからね。君たち魔王や竜の一撃なんて食らってしまったら死んでしまうよ」
「ぐっちゅぐちゃにしてやるよ!」
「しかし、大ぶりの攻撃など喰らわなければいいのさ。竜も魔王も、自分が絶対的強者だと勘違いしているから、一撃一撃が強くとも雑だ。もっと洗練するといい」
エヴァンジェリンの拳を握りしめ、砕き潰すと、引き寄せてか細い彼女の腹部に膝蹴りを入れる。身体をくの字に折ったエヴァンジェリンを抱きしめ、大きく口を開けた青年。
「――っ、させるかよ!」
青年がエヴァンジェリンの血を飲もうとしていたのだとわかったサム。そしてゾーイが同時に動いた。
サムは青年の腕を握りしめると、潰し、そのまま引きちぎった。
わずかに青年からエヴァンジェリンの身体が離れると、すかさずゾーイが抱きしめ、そして後方に下がる。
「おっと、見事だね。サミュエル・シャイト君はさておき、ゾーイ・ストックウェルの動きは見えなかったよ」
右腕を失い血を流しながら、気にしたそぶりを見せない青年にサムは気持ち悪さを覚えた。
次の瞬間、青年の腕が、再生ではなく、生えてきたのだ。
「ふむ。こんなものかな」
「……あんた、人間じゃないだろう?」
「人間さ。少々、肉体をいじってはいるがね。君のように安易に魔王になることなどしないのさ」
「しかし、少し予定が狂ってしまったね。ここで君たちと会うのは想定外だった。それに、せっかく連れてきた聖騎士を灰にしてしまうなんて、カリアンにどう言い訳をしようかな。マクナマラほどではないにしても、強い聖騎士だったんだがね」
「ま、待て」
祖父の叔母の名が出てきて、サムが慌てた。
「なんでその名前を――お前は、誰だ?」
「おっと、これはすまない! 僕は、普段からこっそり活動しているからつい癖で名乗ることを忘れてしまう。不快に思わないでほしい」
青年は胸に手を当てると、一礼した。
「僕は、神聖ディザイア国教皇――アルフレッド・ポーン」
「――な」
「そして、君たちに世話になっているヴァルザード・サリナスの父親でもある。どうぞ、よろしく」
衝撃的な言葉に、誰もが驚愕した。
〜〜あとがき〜〜
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