間話「ヨランダの末路です」
ヨランダ・ラインバッハ元男爵夫人は、夫カリウス・ラインバッハの訃報を聞き、鼻で笑った。
「はっ、あの使えない男が死んだからってどうでもいいのよ! 私の現状が変わるわけじゃないでしょう!」
夫が爵位を失ったことで、ヨランダはもうラインバッハを名乗ることはできない。
それどころか、ラインバッハ男爵家そのものもが消失し、領地も無くなっている。
そして、ただのヨランダとなった彼女は、息子を唆して他家の領地を襲撃した罪と、殺人未遂の罪で収容され、強制労働刑の最中だった。
「あの男がマニオンを当主としてちゃんと可愛がっていれば、こんなことにならなかったのよ! だいたい、マニオンの罪をどうして私が償わなければならないのよ!」
ヨランダは死ぬまで労働刑が決まっている。
実を言うと、極刑すべきという意見もあったが、罪を罪と感じていないヨランダには、死ぬまで労働刑のほうが堪えるだろうと判断された。
また、ヨランダの親族も彼女を裏で唆していたようで、当のヨランダが道連れだとばかりに全て吐いたことで、同じく労働刑となった。親族の場合は、十年間の労働刑が終われば解放されるのだが、すでに生き残っている者はいない。
事故でなくなったわけでもなく、故意に殺されたわけでもない。
脱走した挙句、行き着いた村で盗みを働き、自警団によって殺されてしまったのだ。
自業自得である。
「そもそも、サミュエルがマニオンにすべてを差し出していればよかったのよ! マニオンが国王になっていた可能性だってあったのに! そうしたら私は王の母よ!」
元貴族の夫が亡くなったことを配慮され、一日だけ休みをもらえたヨランダ。本来ならば、喪に服すなりするのが一般的だが、彼女は一日中、誰に聞かせるわけもなく罵声を続けていた。
正気を失ったのか、と見張っていた看守が考えたが、ヨランダは正気だ。
正気の上で、まだ自分が悪くないと考えているのだ。
その証拠に、夫の実家である子爵家に自分を救うように手紙を送り続けていた。
だが、先方はヨランダを相手にするはずもなく、むしろ憎んでいた。
それもそのはず、問題のあったカリウス・ラインバッハだが、犯罪はしていなかった。しかし、ヨランダとマニオンが常人ならば思いつかない思考の果てに、犯罪を繰り返したことで責任を取らされたのだ。
子爵家としても、助ける理由など微塵もない。
「全部サミュエルのせいよ! あいつが、あいつが! あいつが悪いの!」
ヨランダの脳内では、義理とはいえ母親である自分をサミュエルが助けにくるものだと思っていた。
「あの小僧! 殺さないであげた恩を忘れて!」
むしろ、なぜ、助けに来てもらえるのか、殺さなかったことを恩義に感じていると思えているのか不思議である。
そんな時だった。
『――ヨランダ。ヨランダ・ラインバッハ』
看守には聞こえない、女性の声が響いた。
『ヨランダ・ラインバッハよ。私は女神。あなたを助け、加護を与えましょう』
それは、神聖ディザイア国が復活を目論む女神の声だった。
なぜ、女神がヨランダにコンタクトを取ったのかといえば、ひとえにサムへの嫌がらせだ。
自分の勧誘を断ったサムへの嫌がらせのひとつとして、ヨランダを解き放ち、力を与えて復讐させようとしているのだ。
もちりん、ヨランダに女神が加護を与えたところで、復讐などできるはずがない。しかし、良い嫌がらせにはなるだろう。
『ヨランダよ。サミュエル・シャイトが憎いのなら、手を貸しましょう』
――が、怒りで大暴れしているヨランダは女神の声に全く気づかない。
『ヨランダ。ヨランダ!』
少し苛立ったように女神が声を大きくしたのだが、暴れ狂うヨランダは声に気づかなかった。
「どいうつもこいつも、死ねっ、死ねっ、死んでしまえぇえええええええ!」
血が出るまで壁を殴り続け、叫ぶヨランダ。
『ヨランダ! おい、ヨランダ! 貴様、この女神が結界の綻びの隙をついて話しかけているのに、無視どころか、気づかないだと!』
女神もせっかく得た嫌がらせのチャンスを無駄にしないように、何度も声をかけ続けたが、
『……もういい!』
と、諦めてしまった。
「というか、さっきから人の名前を連呼して鬱陶しいのよ! 誰よ、あんた!」
女神の声が引っ込んだ瞬間、どうやら途中から気づいていたらしいヨランダが声を張り上げたのだが、残念ながら一歩遅く、女神からのコンタクトは切れた後だった。
こうしてヨランダは、本来ならばあり得ない女神の救いを得るはずだったが、暴れていたせいで気づかずに終わった。
彼女は、明日からも労働刑が続き、限界が来て逃げ出そうとしては捕まり、罰を受けることを繰り返した。しかし、病気をすることもなく、健康のまま、彼女は寿命を迎えるまで労働刑が続くのだった。
〜〜あとがき〜〜
すっかり忘れていたヨランダさん。
これでラインバッハ男爵家の方々は終了です。
またの機会に、領地の人々や、家で働いていた人たちにも視点を当てればと思います。
そして、女神様……どんまい!
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