7「子爵家のその後、です」
スカイ王国国王クライド・アイル・スカイの執務室にて、パーシー子爵家当主ネイト・パーシーは膝を着き首を垂れていた。
「余は久しぶりに怒りを覚えている」
「申し訳、ございません」
床に額を当て謝罪するネイトの背後には、怒りを抱きながらも静かに口を閉じているジョナサン・ウォーカーもいる。
ネイトは、静かな怒りを秘めているジョナサンも怖いが、ここしばらく「私」だったクライドが「余」と戻ったことにも怯えていた。
「ネイト・パーシー子爵。なぜ、余の前に呼ばれたかわかるか?」
「……愚息の件でございます。この度は心より謝罪を」
「よい。そなたが謝ってもなにもかわらぬ」
「はは!」
ネイトは顔を上げることができない。
クライドがどんな顔をしているのか、恐ろしくて見ることができなかった。
「そなたの息子マイム・パーシーのことは余もウォーカー伯爵も知っている。そなたの頼みであること、そなたを信頼し、エリカとの婚約を喜んだのだが……」
「申し開きもございません!」
「ウォーカー伯爵の前でこのようなことを言うのはあれだが、女遊びに関してはまだよいだろう。貴族の子どもらしい麻疹のようなものだ。余には覚えがないが、次期当主に選ばれ少し調子に乗ってしまったのだろう」
「おっしゃる通りです! 愚息のことながら大変情けなく、申し訳なく思います!」
「うむ。だが、サミュエル・シャイト宮廷魔法使いの名をみだりに使用し、さも自分と繋がりがあると誇張していたこと、婚約破棄が気に入らずともウォーカー伯爵家に乗り込みエリカを連れ去ろうとしたこと。とても容認できぬ」
「申し訳ございません!」
クライドもジョナサンも、結婚前にマイム・パーシーが女遊びをしたことをとやかく咎めるつもりはない。
エリカとマイムは清い関係だった。だが、男には欲がある。とくに年頃であれば、尚更だろう。その欲を、割り切った形で発散する者もいる。
しかし、あろうことか、マイムは手を出した女性たちに責任を取ると言った。だが、これはまだいい。まず結婚してから、もしくは親の許可を得るなどするなり、ウォーカー伯爵家に筋を通すなりすればいいだろう。
だが、婚約者のいる女性に手を出すのはやりすぎだ。
権力と力を持つサムの名を使い、女性を口説くのに使っていたことも、出来心であったとしても容認できない。
何よりも婚約解消されたウォーカー伯爵家に乗り込み、エリカを連れ出そうとしていたのはいただけない。さらに、その際、エリカと揉めたのも駄目だ。
挙句の果てに、エリカに手を上げようとしてヴァルザードを怒らせたことは、怒りを通り越して呆れてしまう。
ヴァルザードは客人であったが、現在はイグナーツ公爵家の義理の息子となっている。
そんなヴァルザードを怒らせたのだ。
女遊びが原因であるマイムが、自分は悪くないと振る舞ったことや、エリカに手を上げようとしたことも許し難い。
エリカのことはクライドも幼い頃から知っている。ステラがサムと結婚したことで、親族であり、大切な家族だ。
だが、まだここまでならば、許容できた。個人としては難しいが、スカイ王国国王としてなんとか耐えることのできる一線だった。
しかし、ヴァルザードが我を忘れて激昂するきっかけを作ったことが一番許せない。
サムをはじめ、その場に居合わせた面々のおかげで対処ができたからよかったものの、魔王同等の力を持つヴァルザードが王都で暴れたりすればどれほどの被害になっていたのか想像ができない。
下手をすれば、被害者が出ていた可能性もあるのだ。
「そなたの息子マイムのしたことは、とてもではないが許せるものではない」
「はい。息子はもちろん、私も責任を取らせていただきます」
「……ふむ。では、どうする?」
「マイムとは親子の縁を切ります。二度とパーシー子爵を名乗らせません。ひとりの人間として一から出直させます」
「そなたはどうする?」
「幸いなことに、子供は他にもいます。私は現役を退き、子供に当主の座を明け渡しましょう」
「ジョナサン」
クライドが視線を動かすと、ジョナサンが口を開く。
「ネイト殿。私はあなたとマイムを信じ、エリカを託しました。その結果がこのようなことになり残念でなりません」
「……申し訳ございません」
「娘からこれ以上、大事にしないでほしいと頼まれているゆえ、私からなにかすることはないが……御子息は私の前に二度と顔を出さないことをお勧めする」
声を荒げることなく、静かに言葉を吐き出したジョナサンに、ネイトは額に汗をびっしょりうかべ、ただ頷くことしかできなかった。
後日、マイム・パーシーは、正式に子爵家から絶縁された。
手を出された女性たちには、パーシー子爵家から謝罪と慰謝料が支払われることとなる。
婚約者がいた令嬢は、立場を追われ責任を追求される形になったが、マイムと一緒になると言っていた。しかし、彼が一族から絶縁されたと知るとあっさり捨てて、元婚約者に縋りついたという。
結局、マイムについてきてくれる女性は誰もおらず、ひとりでパーシー子爵領にある小さな村でひとりで暮らすこととなる。恋人を作ることを許されず、結婚相手などもちろんいない。マイムは五年ほど父に従い静かに暮らしていたが、おそらくいずれ許されると考えていたのだろう。しかし、いつまで経っても誰も迎えに来ない状況に苛立ち、逃げるようにどこかに消えていった。
その後のマイムの行方を知る者はいない。
〜〜あとがき〜〜
クライド陛下、激おこビンビン丸です!
とはいえ、最低限の処罰で納めました。
エリカとヴァルザードの負い目にならないように、という配慮です。
コミック1巻発売中です!
よろしくお願いいたします!
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