1「元婚約者が来たそうです」①





 エリカ・ウォーカーは、ヴァルザードが男衆と一緒に出かけている間に魔法の練習をした。

 サムに師事しているエリカではあるが、基本的にサムは姉同様に「実戦で学べ」と言うタイプだ。実戦の大切さを知っているエリカではあるが、個人的にこつこつ積み重ねていくことを得意としている。

 サムやウルが天才ならば、エリカは秀才だった。


 ヴァルザードがいないから魔法の勉強をしているわけではない。

 勤勉なエリカは日々、鍛錬を欠かさないのだが、現在はヴァルザードのことを最優先している。

 いくつかの感情が心にあるが、放っておけない家族として今はヴァルザードのことを第一に考えているのだ。

 魔法も大事だが、エリカにとってヴァルザードと一緒に学校に行き、家で菓子を作り、城下町で食べ歩き、友人や家族を交えてお茶をする。当たり前の時間が、今まで以上に充実していた。


「――ふう」


 ヴァルザードは魔法に優れている。真なる魔王と言うだけあり、その才能は凄まじい。しかし、彼は魔法にあまり興味がないようだ。違う。戦いにあまり興味を示さない。それはいいことだと思う。

 聞けば、今まで命じられて戦っていたのだと言う。

 望んで強いわけではなく、強さを誇示するわけではなく、ただ家族に命じられるまま力を振っていた。今は、その理由がない。ならば使わなければいいと思う。

 なのでエリカもヴァルザードと一緒にいるときは魔法を使わないようにしていたのだ。


 冬の寒い空気がエリカの火照った肌を冷ましてくれる。


 タオルで汗を拭き、屋敷の中に戻ることにした。

 姉たちとお茶をする約束をしていたので、その前に汗を流したい。

 足をすすめるエリカの耳にパタパタと小走りに近づいてくる足音が聞こえた。


「よかったら、エリカ様。いらしたのですね」

「……どうかしたの?」


 明らかに慌てた様子のメイドに、エリカが首を傾げた。

 メイドは自分を探しに来ている。

 いきなり、エリカを訪ねてくる人間がいるのか、と悩む。

 しかし、その疑問はすぐに解消された。


「マイム・パーシー様がいらっしゃいました」

「……嘘でしょう」

「旦那様も不在ですので、まずはエリカ様にお伝えするべきかと……私たちではどうしていいのかわかりません。申し訳ございません」

「いいのよ。私が対処するわ」


 ふう、とエリカは嘆息する。

 エリカの元婚約者マイム・パーシーに対して、負い目がある。一方的に婚約破棄を伝えたのだ、当たり前だ。

 しかし、その後、他の女性に手を出していたことや、婚約者のいる女性と火遊びしていたことが明るみとなり、マイムは部屋で謹慎させられていたはずだ。

 エリカ以外の女性に手を出していたことは、面白くはないが、よくある話だ。しかし、婚約者のいる女性との関係は大問題だ。

 聞けば女性は婚約破棄され、家と家が揉めに揉めているらしい。マイムにも当たり前だが責任があり、パーシー家を巻き込んで修羅場のようだ。

 マイムにとって火遊び程度の女性だったが、その女性はマイムに本気だったようで、話はこじれにこじれていると聞いている。

 そんなマイムがどのような用件でウォーカー伯爵家に足を運んだのか疑問だ。

 もし父に顔を見られたら、何をされるかわからないとわかっているのかいないのか。


 メイドたちも相手はエリカの元婚約者ということで扱いに困っているのがわかった。

 屋敷には上げず、玄関で待たせてあるようだが、貴族に対してそれはよろしくないが、ウォーカー伯爵家のメイドとして間違っていない。

 事前に連絡もないにもない、親しい間柄でもない、あくまでも元婚約者のマイムを簡単に屋敷に招くことはできないのだ。


「……ヴァルザードがいなくてよかったわ」


 貴族の面倒ごとを彼に見せずに済んだことに、エリカはホッとした。






 〜〜あとがき〜〜

一波乱の予感です。

コミック1巻好評発売中です!

何卒よろしくお願い致します!

※本日も、体調不良によりコメントのお返事をお休みさせていただきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る