間話「父の最期です」④
「得物はこの剣でいいかな?」
「――素晴らしい業物だな」
一本の長剣を渡すと、カリウスは鞘から抜いて刀身を確かめ感嘆した。
軽く剣を振るったカリウスに、なかなかの腕だと判断する。
思えば、カリウスは剣を使えることを重要視するだけあり、毎日欠かさず訓練をしていた。
もしかしたら、現在も続けていた可能性もある。
「じゃあ、さっそく始めようか」
「ああ」
カリウスは鞘を地面に置くと、両手で剣の柄を握り、正眼に構える。
長くないと言われているのが嘘のような気迫があった。
魔力を持たない人間でも、一定の力量に到達すると、魔法同等の力を得るということは知っている。
かつてサムが魔法を得意としながら、リーゼたちに体術では圧倒されていたように、魔法は全能ではないのだ。
「――いつでもどうぞ」
サムが構え、不敵に笑った。
カリウスも一瞬笑みを浮かべたあと、口元を引き締める。
地面を蹴ったのはカリウスだった。
自身の肉体のみで地面の上の滑るように移動し、サムの眼前に現れる。
「はぁあああああああああああああああああああああ!」
気合いの篭った叫びと共に剣が振り下ろされた。
サムは避けることはせず、身体強化した腕であえて一撃を受けた。
カリウスの実力を知りたかったのだ。
刀身がサムの二の腕を斬り裂き、そのままの勢いで肩を、胸を斬った。
鮮血が舞い、カリウスの顔を赤く染めた。
「――お見事です」
「さあ、サミュエル! 次はお前の番だ! お前の本気を見せてくれ!」
まるで子供のように、嬉々とした表情を浮かべるカリウスは間違いなく剣士だった。
サムは、右腕をまっすぐ掲げると、今まで誰にも使ったことのない、本当の全力を披露した。
「――全てを斬り裂く者」
斜めに振り下ろした一撃は、カリウスを袈裟斬りにして、背後の鉱山まで斬り裂いた。
轟音と粉塵が舞い、続いて囚人たちの絶叫が響く。
ちゃんと囚人を殺さないように気を遣った。
カリウスは大きく目を見開きながら、腰から下を消し飛ばされていた。
上半身が地面に激突する前に、サムが抱き抱える。
「……まだ生きているようですね。正直、びっくりですよ」
「痩せ我慢でしかない。しかし、見事だ。本当に見事だ。これだけの才能があるとは……いや、わかっていたはずだった。幼いながらワイルドベアをひとりで何体も倒していたのだ。わかっていたはずなのだが、私は認めたくなかった」
震える右腕を伸ばし、カリウスはサムの頬を撫でた。
「ああ、メラニーによく似ている。私は、知っていたのだ。お前が私の息子ではないということを。知っていても愛していた。だが、愛というのは恐ろしい。愛しているはずのお前が、私とまるで違うことに日に日に気付かされていく。それが耐えられなかった。だからだろうか、家を出て行ってくれた日にほっとした」
「お父さん」
「父と呼んでくれて感謝する。私は悪い父親だったが、メラニーとサミュエルに出会えたことは神に感謝したい。悔いることは山のようにある。お前への態度、マニオンのこと、使用人や民に対してもそうだ」
サムはカリウスの手を握りしめ、彼の言葉を聞き続けた。
もしかしたら走馬灯を見ているのかもしれない。
「メラニーは美しく、私は本気で愛した。愛した故に、暴走してしまった。彼女にも、お前の本当に父親にも申し訳がない。私が欲を出さなければ、愛した人のことを見守ることのできるおおらかな男であったなら……」
カリウスの瞳から涙が溢れる。
「ハリエットとハリーにもすまないことをしたと思っている。メラニーに似ていたというだけで、私はひどいことをしてしまった。償いきれぬことをした。二人は、いや、お腹にいる子の三人は元気か?」
「ええ、友人の領地で幸せに暮らしています」
「よかった。あの子たちが私の子でないことも知っている。私の血が残らないことを安心してもいる。謝罪を伝えてほしいが、私が謝っても時間は戻らないだろうし、ハリエットも嫌がるだろう」
「……かもしれませんね」
嘘をつけないサムは、苦笑いして肯定した。
カリウスも苦笑する。
「なあ、サミュエル」
「はい」
「世界は広かったか?」
「ええ、とても」
「私も世界を回っている時、楽しかった。だが、貴族に未練があって、この有様だ。こんなことを言う資格はないのは承知しているが」
「言ってください」
「家族を大事に、今の幸せを大切にするんだ」
「はい」
「メラニーたちのことも頼んだ」
「もちろんです」
カリウスの手から力が消えていく。
「サミュエル……私の愛しい息子よ。すまなかった。そして、生まれてきてくれてありがとう」
カリウス・ラインバッハはその言葉を最後に息絶えた。
「……勝手なことばかり言いましたね。あなたらしい。だけど、ええ、今の言葉を、あなたの顔を覚えておきます。さようなら、お父さん」
カリウス・ラインバッハの亡骸はサミュエル・シャイトが王都に持ち帰った。
サムが個人的に墓を建てようとしたのだが、カリウスの実家であるコフィ子爵家が責任を持って埋葬すると申し出てくれたので任せることにした。
メラニーは思うことはたくさんあるようだったが、死者を悪く言うことはしなかった。
子爵家が建てたカリウスの墓を、サムと一緒に訪れている。
イグナーツ公爵領にいるハリエットとハリーにも、遠藤友也に転移で送ってもらいカリウスの言葉を伝えた。
ハリエットは、カリウスに対しては何も言わず、ただサムに感謝の言葉を伝えた。
サムはハリーといくつか言葉を交わすと、そのまま王都に戻った。
こうしてサミュエル・シャイトは、決して良好な関係ではなかったカリウス・ラインバッハの最期を看取ったのだった。
〜〜あとがき〜〜
多くは語りませんが、カリウスの最期でした。
ちなみに、元ラインバッハ男爵夫人のヨランダは、現在も労働刑です。彼女は死ぬまで働き続け、誰にも見取られることなく、死にます。
カリウスが登場するコミック1巻が発売しております。
書籍とそろってお読みいただけますと幸いです。
よろしくお願い致します。
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