40「最愛の人が攫われました」①




 ギュンター・イグナーツは手芸教室の帰りに、手提げ鞄を持って足取り軽く歩いていた。

 性欲の止まることを知らない妻から毎晩調教を受けている日々だったが、なんと昨晩、ついに攻守が逆転したのだ。

 スカイ王国国王クライド・アイル・スカイから王家のテクと、ついでに王家の力を学んでいるギュンターはついに幼妻クリーに勝利したのだ。

 今日はさらに手芸の先生からも褒められて気分は上々だ。


「ふふふ、ふはははははは! 今宵もひいひい言わせてあげよう、クリーママ!」


 ――ギュンターは知らないが、すべてクリーの掌の上である。


 少しお腹が目立ってきた妻だが、幸いなことにつわりなどはほぼないに等しく、食事も問題なく摂ることができている。

 だが、やはり果実などあっさりしたものを好むようになったので、同じく手芸教室に通う生徒の夫が経営する果実店に寄り、いくつか旬の果実を見繕ってもらう。


「どうぞ、閣下。ビンビンなところを揃えておきました」

「ありがとう。お釣りはとっておきたまえ」

「ははー!」


 と、親しいんだか、敬われているんだかわからないやりとりをして果実を買い、籠に入れてもらう。ついでに、従姉妹のリーゼたちのぶんも購入した。

 気遣いのできる男ギュンター・イグナーツは妹として可愛がっている彼女たちの分を忘れることはしない。あと、最近、妊娠が発覚したウォーカー伯爵家夫人にも彼女が好む果実を買った。


「さて、少し時間があるので紅茶を嗜みたいところだが、手荷物が増えてしまったのでまた今度にしよう」


 公爵家の跡取りであるギュンターだが、とくに護衛もつけず城下町によく現れる。

 一般的な貴族は、たとえ男爵、子爵でも外に出る際は従者と護衛をつけ、馬車を使うことが一般的だが、ギュンターはそれをよしとしない。

 そもそもこの国でギュンターになにかできる人間はいない。

 宮廷魔法使いであり、堅牢な結界を展開する結界術師でもある彼にダメージを与えることができる人間はいないのだ。

 今は亡きウルや、魔王になってしまったサムや、他の魔王、そして竜王や次期竜王候補などくらいでやっと結界を破ることができる。

 単純な実力と変態性なら魔王級ではないかとよく言われるギュンターだが、とある理由から魔王に至ることは絶対にできなかった。


「サムは今頃、ダークエルフたちと会っているのかな。サムもそろそろ面倒なこの世界の事情を知るだろうし、僕が暖かく迎えてあげなければならないね」


 うへへへっ、と妄想を膨らませて笑うギュンターに近くを通りかかった子供が指を刺して「あ、変態だー」と言う。子供と手を繋いでいた母親が「あら、本当に変態ね。ああいう大人になったら駄目よ」「はーい」と微笑ましいやりとりをしているが、ギュンターは気付いてない。


「おっと、僕としたことが城下町で立ったまま妄想とははしたないことをしてしまったね。――おや?」


 自らの変態行為に恥じていると、離れた場所からよからぬ雰囲気を感じ取った。

 軽く地面を蹴ると、ギュンターの姿が消える。

 一泊起き、彼が現れたのは、城下町の中心部。噴水とベンチ、屋台が並ぶ民たちの憩いの場だった。


「――僕の要求はひとつだけだ。サミュエル・シャイトの最愛の人を連れてくるんだ」

「僕ことギュンター・イグナーツをお呼びかな!?」


 事情はわからないが、指名をされたのであれば紳士として名乗り出なければならない。

 人の壁となり、ざわめいている民たちを押し退け前に出ると、そこには女性を背後から押さえている少年がいた。


「どのような理由で僕を探しているのかわからないが、彼女を離したまえ。女性を乱暴してはいけない。僕たちは常に紳士でなければならいのだから」


 指を鳴らすと、少年に囚われていた女性を結界が包む。

 腕を弾かれた少年が地面に転がると、女性が逃げるのを確認して、ギュンターを睨む少年に近づいた。


「よければ事情を聞こう。心配することはない、僕は紳士なのだからね」


 そう言ってウインクをした。






 〜〜あとがき〜〜

 主人公不在を突かれた、本作始まって以来の大失態。そして大事件の始まりです!

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