46「人魚さんに会いました」①
「さすが領主様。ご存じでしたか。そのご慧眼におみそれしました」
町長が目を見開き、ロックスたちと揃って頭を下げる。
しかし、サムはそれどころではない。
「いやいや、ご存じじゃないよ! いるの? 人魚さんいるの? マジでいるの?」
「え、ええ、いますが」
メルシーを抱きかかえたままガインに詰め寄ると、彼は困った顔で頷く。
緊張と動揺から口が乾いてカラカラする。
このまま心臓が止まってしまうのではないかと思うほど、心臓が早鐘のように動いている。
「サミュエル様、落ち着いてください。わたくしも人魚の存在に動揺は隠せません。まさか絵本の中の存在だと思っていた人魚がいるなんて」
サムほどではないが、オフェーリアも驚きを隠せないようだ。
地球でもお馴染みの人魚さんは、異世界でも童話などに描かれている。
悲恋や、身分違いなど、恋愛ものの中で多く登場するのだ。
きっと女性で知らない人はいない種族だろう。
しかし、その存在はいないものとしていた。あくまでも空想上の生き物だ。
サムも大陸東側を転々としていたが、出会ったことはない。
「なんだ? お前たちは人魚を知らなかったのか?」
そんなサムたちに、ゾーイがあっけらかんと言った。
サムが驚き、視線を向けると、むしろ知らないのか、という顔をされている。
「ゾーイ!? まさか人魚様をご存じなのか!?」
「なぜ人魚に様をつけるのだ? 知っているもなにも、そんなに珍しい種族ではないぞ? むしろ、お前に引っ付いているメルシーたち竜のほうが希少というか、珍しいだけなら人間から魔王になったお前のほうがよほど稀な存在だぞ?」
ついには人魚様と言い出したサムにゾーイが呆れ気味だった。
「マジかよ! 人魚様って普通にいたのかよ!? 河童様に引き続き、なんてファンタジーなんだ! ありがとう、異世界! 俺は今、感動している!」
「……サミュエル様は、水属性の魔族がお好きなのでしょうか?」
「さあな? 人魚も河童もその辺にいるのだがな。人間の趣味思考はよくわからん」
サムの歓喜ぶりに、冷静沈着のジェーンも若干困惑気味だ。
「さ、サム様、お気持ちはわかりますが、もう少し落ち着いてくださいませ。領民の目もありますので」
オフェーリアも、自分とは比べ物にならないほどテンションを上げているサムに困った顔をしている。
彼女は、一度は興奮したが比べ物にならないほど昂っているサムを見て、冷静に戻ったようだ。
しかし、サムの興奮はおさまらない。
「友也も知っていたなら教えてくれればいいのに! 薫子だって絶対喜ぶ!」
「まさか領主様がそれほど人魚がお好きとは……安心しましたぞ。ドワーフたちの存在だけでも私めはヒヤヒヤしていましたので、人魚たちを受け入れてくださるとは」
ガインが嬉しそうに頭を下げる。
ロックスたちも後に続いた。
「あの、領主様。ドワーフたちが領民ってことは、人魚たちも?」
ロックスの問いかけに、サムは歯を光らせて笑顔を浮かべ、親指を立てる。
「もちろんさ!」
「……ありがとうございます! 彼女たちには、漁を手伝ってもらっているだけでなく、何度も海に落ちた漁師たちを救ってもらってるんでさぁ」
聞く限り人魚さんは良い人たちのようだ。
安心した。
敵対種族であれば斬り裂かなければならないが、人魚さんを斬るなどとてもじゃないができそうもない。
「そ、それで、人魚さんはどこに!? まずはご挨拶をしなければ!」
「人魚たちなら、普段は沖の方にいますが、ときどき入江のこの町の船着場のほうに……」
「――っ、感じた。感じとったぞ。海から魔力が近づいてくる! 間違いない、人魚様だ!」
ロックスから説明を聞いている時、港町に近づく魔力を海から感じた。
間違いなく人魚だと根拠もなく確信した、サムは我慢できずにメルシーを抱きかかえたまま飛び出した。
「ちょっと、ずるいですわ、サミュエル様!」
「ごめん! あとから来て!」
サムが走る。
「いけいけパパ!」
抱き抱えるのもあれなので、肩車をしたメルシーがサムの頭をぱしぱし叩いて喜ぶ。
町民たちが、何事だとサムを見るも、気にしない。
身体強化して、人と人の間を縫うように走り、船着場に着いた。
大きく息をすると、メルシーと一緒にせーので叫んだ。
「人魚様ーっ!」
「人魚さまー?」
サムは期待を込め、メルシーはよくわかっていないがサムの真似をして大きく人魚を呼ぶ。
すると、サムの足元から水飛沫を立てて何者かが現れた。
「人魚さ――」
「……よんだ?」
サムが硬直する。
目の前にいたのは、魚の顔を持ち、身体中に緑色の鱗をたくわえ、鰭のついた手足を持つ生き物だった。
「おー! 変な生き物!」
「ちげーよ! この方は人魚ではなく半魚人だよ! 俺のどきどきを返せよ!」
目を丸くして喜ぶメルシーを肩車したまま、サムはがっかりして膝をついた。
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