44「オフェーリアの提案です」③
「お、奥様、魔族の受け皿とはどのような意味でしょうか!?」
大きな声で尋ねたのは町長ガインだ。
もちろん、彼以外も、オフェーリアの答えを待っている。
「こちらの港町ではドワーフの方々が働いていらっしゃいますわね。そして、町民たちも受け入れている」
「……はい。私たちが生まれる前にこの地で酒造りをしていましたので。建造技術も我々ができる範囲のことは教わっています。彼らは、私たちにとって、父であり、祖父であり、兄でもあるのです」
ガインの言葉に、マインツもロックスも、そして子供たちも同意するように頷く。
「彼らを受け入れることができるあなたたちならば、他の種族も受け入れることができるとわたくしは考えていますわ」
「それは」
「いきなりでは難しいかもしれません。ですが、この地を良い土地にするためにひとつです。魔族の方々はわたくしたちにはないものを持っています。無論、人間も人間にしかないものを持っているでしょう。ならば、お互いに協力し合うのです!」
領地に出立前に、魔王遠藤友也に魔族を領民として受け入れることを提案されたオフェーリアは、今まで考えていた領地運営をすべて白紙に戻した。
その際たる理由が、今まで自分の学んできたことの結果を出すためだったのが、気づけばサムのためになることをしたいと考えるようになった変化を自覚したからだ。
魔族を受け入れる領地があれば、いずれ産まれてくるサムの子供たちが平和に暮らせる。
リーゼたちは、サムが魔王になる前の子を第一子として産むが、彼女たちも次がある。
他ならぬオフェーリアの産む子は、人間と魔族のハーフであるだろうし、他の方々もそうだ。
長い目で見たとき、魔族の受け皿があるとないとでは違うのだ。
(もっとも、スカイ王国なら魔族を受け入れるのに問題ないと思っていますけれど)
王都に至っては、ギュンター・イグナーツをはじめ、個性豊かな変態たちが跋扈している。
クライド陛下も、最近でははっちゃけてしまっている。
そんな変態どもと、良識ある国民たちが一緒に生活できるのだ。
変態が受け入れるなら、魔族も問題なく受け入れてくれるだろう。
オフェーリアには確信があった。
(絶対に口にはできませんが、わたくしてきには王都の変態よりも、良識ある魔族たちのほうが歓迎なのですわ!)
「シャイト伯爵領では、古くから決まった場所にバラバラになって暮らしていますわね。こちらの港町は領主の住まいがあるからか発展している方ですが、他の土地では、貧しい生活を送っていると聞いています」
「ご存じでしたか」
「いくつかこちらと同規模の町もあるそうですが、やはり活気付いていません。もちろん、前領主の愚かな行いのせいでしょう。ですから、ここで変わりましょう」
「変わる?」
「古く続いてきたものでも良いものは残し、悪いものは捨ててしまいましょう。そして、新しく一歩を踏み出すのです」
オフェーリアは興奮気味に言葉を紡いでいく。
「この町を大きく発展させ、新たな土地を開拓し、人間魔族関係なく受け入れることで、手を取り合い協力をします!」
始まりとして、とオフェーリアは続ける。
「ドワーフたちにシャイト伯爵領の領民となってもらい、蒸留所ではなくきちんとした家を持って暮らしてもらいましょう。彼らはもう隠れている必要はないです! もっと堂々とし、賞賛されるべきなのです!」
ワインくらいは嗜めるが、ウイスキーが飲めないオフェーリアでも、この港町で作られているウイスキーが王都で愛されているのを知っている。
愚かな貴族が自分の名をつけて売っていたウイスキーであるが、品質に問題があるわけではない。むしろ、耳障りな名前を無視して飲みたいと思うほど、品質は良いのだ。
ならば、そのウイスキーを作ったドワーフは賞賛されるべきだ。
愛される商品を作ったことを感謝されるべきだ。
長い間、名も無い港町を支えていたことを誇るべきだ。
そのためには、まず、彼らに太陽の下に出てきてもらわなければならない。
「貴族様……本当にこの町はかわるんですかね?」
「変わるのではありませんわ。わたくしたちで、変えるのです」
「ドワーフたちを本気で領民に?」
「もちろんですわ!」
「……ならば、俺も従いましょう。ドワーフたちは、俺たちにとって親父のような存在です。家族が、隠れて暮らしていることがずっと嫌だった!」
ロックスの言葉は、多くの町民の言葉であっただろう。
「貴族様、いいえ、奥方様! 本当に魔族を受け入れてくださるなら! 紹介したい方々がいます!」
「紹介?」
「この町には、まだ他にも魔族がいるんです!」
ロックスが重大なことを言った瞬間だった。
どんっ、と大きな音が響き、地面が揺れる。
続いて、どどどどどどどどどどっ、と勢いよくなにかが突進してくる音が聞こえた。
「まったく、きちゃだめだよって言ったのに。あー、でも、この町の人たちなら問題ないかな」
サムが起き上がると同時に、ばんっ、と町長の家の扉が吹き飛んだ。
「とびらぁあああああああああああ!」
「メルシーちゃんだよっ!」
町長の悲痛な叫びの中、赤い髪をぼさぼさにした子竜のメルシーが登場した。
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