43「オフェーリアの提案です」②
オフェーリア・ジュラが、シャイト伯爵領に赴く数日前。
「……よく来てくれましたね、オフェーリアさん」
魔王遠藤友也と、ウォーカー伯爵家の一室を借りてオフェーリアと対面していた。
「ご機嫌よう。お話があると伺いましたが……その前によろしいですか?」
「どうぞ?」
「なんですの、それ?」
怪訝な顔をしたオフェーリアの視界には、拘束衣を着せられ、目隠しをされ、首輪に鎖を繋がれて、床に固定された椅子に厳重に縛られている遠藤友也の姿が映っていた。
とんでもない凶悪犯でさえ、ここまでされないというのに、とオフェーリアの頬が自然と引き攣る。
「……僕も不本意なんです。ここまでする必要がありますか? 同じ屋敷の中で生活していますけど、被害はメイドさんたちに集中しているので彼女たちにはときどきしか」
「その時々が問題なのだよ! 僕の目の黒いうちは、サムの妻……つまりは僕の後輩にあたる彼女を守る義務がある!」
「ぐえ」
友也の鎖を手に持つのは、真剣な顔をしたギュンターだった。
オフェーリアは今までギュンターのこんなに真面目な顔を見たことはなかった。
「いくらオフェーリアくんに話があるからと言って言葉巧みに連れ込もうと――」
「そんなことはしてないですから! ああ、見えなけど、ドン引きされている気配がする!」
ギュンターの不穏な言葉に、オフェーリアが後ずさる。
少女のか細い身体では、魔王云々抜きにしても成人男性が本気でなにかしようとすればなすすべがないだろう。
無論、その対策として、暗器を服の中に仕込んであるが、それが通用する魔王ではないはずだ。
「信じてくれることを祈って言いますが、誤解です。この変態のせいで、話がこじれるのは望みません。とりあえず、話を聞いてください」
「え、ええ、もちろんですわ」
「ありがとうございます」
話をすることには同意したオフェーリアだったが、用意されている椅子には座らず、立ったままだ。
警戒心が解けていないことに友也がしくしくと泣き出した。
少女からすると、普段、サムや他の魔族の方々と気安く接しているが、仮にも魔王なのだ。こうして単独ではどう接すればいいのかわからない。
話もどのような話か不明であり、警戒よりも、緊張が大きかった。
「……いいでしょう。それで、話というのは、オフェーリアさんにお願いがあるんです」
「貴様っ! サムの婚約者にいやらしいお願いをしようというのか!」
「――ぴっ」
「お前はいい加減に黙れよ! 違います、違うんです、オフェーリアさん。僕はいやらしい者ではない。いくつかの誤解が重なってそう見えることもあるらしいのですが、僕は誠実な男です!」
「変態は自分を変態だとは自覚しないのだよ」
「……ものすごく説得力がありますが、同意するといろいろ面倒なことになるので無視しますからね」
ごほん、と咳払いをした友也は話を続ける。
「サムの領地、シャイト伯爵領に関してです。聞けば、運営はあなたに丸投げとか?」
「は、はい。しかし、サミュエル様は丸投げはせず、わたくしと協力しながら一緒に運営することになりましたわ。基本的なことはわたくしに任せていただけますが、大きな判断などの最終的な決定権はお預けしました」
「――なるほど、サムと夫婦の共同作業と言うことか。やるね、オフェーリアくん。そうと決めたら、僕もサムと領地運営を」
「君は黙っていてください。オフェーリアさん、基本的なことを任されている君に、僕からお願いがあります」
「なんでしょうか?」
「――魔族を領地に受け入れてはもらえませんか?」
「――っ!?」
友也の願いを聞き、オフェーリアは息を飲んだ。
理由こそ不明だが、魔族の大半は大陸西側で暮らしている。
一部の魔族が人間社会に溶け込んでいる場合や、魔王や準魔王のように単身で訪れることもある。
それでも、ひとつの国で、ひとつの領地で、人間と魔族が共存している土地は大陸東側にはない。
「西側では、人間と魔族は共存しています。神聖ディザイア国という例外もありますが、基本的に、平等で、親しい隣人です。結婚する場合だってもちろんあります」
魔族と人間が結婚することに、忌避感はない。
オフェーリアの婚約者は、元は人間であったが、現在は吸血鬼であり魔王なのだから。もっとも、サムが魔王らしくない、少年なので、いまいち彼が魔族だと認識できていない可能性はある。
サムとの関係を踏まえ、オフェーリアの決断は早かった。
「お受け致しましょう」
「いいのですか?」
「もちろんですわ。わたくしは魔族の方々を理解しているとは言えませんが、魔王様方をはじめ、ボーウッド様たちが素敵な隣人であることはわかっているつもりです」
「……オフェーリアくん。言っておくが、この無差別変態は素敵でもなんでもないよ?」
「話が進まないから変態は黙っててください!」
正気か、と疑いの眼差しをオフェーリアに向けたギュンターに友也が突っ込んだ。
「もちろん、魔族を受け入れてくれれば人間側にも利点があります。例えば、ドワーフは物作りに長けていますし、オーガや獣人は力仕事はお手のもの。河童は存在しているだけで価値があります」
「なぜ君もサムも、あの皿を乗せた種族に入れ込むのか不思議だよ」
サムを心から愛するギュンターも、サムの河童への熱意は疑問のようだ。
「シャイト伯爵領で魔族の方々の得意分野を示せと?」
「はい。実際、人間と魔族の共存でお互いを支え合っている西側は、こちらよりも発展しています。人間側と交流を持ち、人間から魔王に至ったサムと、魔族どころか変態が跋扈するこの国の現状を考えると、共存の好機かと思います」
「……サミュエル様のためになるのなら、喜んで」
「お約束しましょう。魔族と人間の関係が良くなれば、ひいてはサムの、いいえ、あなたたちの今後も未来がよくなるでしょう」
「わたくしは問題ありませんが、国王陛下やわたくしの母には話を通しても構いませんか?」
「クライド陛下にはお話ししてあります。ジュラ公爵殿にもぜひお伝えしてください」
「ありがとうございます」
こうして、オフェーリアの協力を得た友也は、魔族と人間の関係の発展のために動き出すのだった。
「しかし、意外だね」
「なにがですか?」
オフェーリアが退出した部屋で、相変わらず鎖を握ったままのギュンターが不思議そうな声を出した。
「君のような男が、人間と魔族の共存を考えて動くとはね」
「一応、僕だって魔王ですから、魔族のために考えていますよ」
「本心は?」
「そろそろ僕の部下や、ダグラスくん、ヴィヴィアンの配下が抑えきれなくなった、獣の国の住人たちが大挙してやってきそうなので、丸投げ先ができました!」
「ひどい変態だね」
「いや、変態関係ないでしょうに。というか、サムもロボも後始末を僕に押し付けるから! まあ、いいです。彼らは勝者に従順ですから、あと、馴染みやすいですよ。さて、オフェーリアさんと無事にお話を終えたので、いい加減拘束を解いてください……あの、拘束を解けと言ったんですけど、誰が拘束を強めろと言ったんですか!」
拘束されている友也を、鎖と結界でギュンターががんじがらめにしていく。
「ちょ、待った、この鎖に呪いかかってません!? あ、この術式はエヴァンジェリンだ! あと、ダニエルズ兄弟も噛んでるな! おい、まて、僕をどうするつもりだ! あれか、僕の被害に遭った被害者の会に突き出すつもりだろう!」
「そんなものがあるのかい? 違うさ、君にはしばらく大人しくしてもらおうとおもってね!」
「――なにを」
「サムのために、みんなで女体化計画を立てているのだが、一番の障害になりそうな君を、このように簡単に拘束できるとは思わなかったよ」
「――なんてお馬鹿な計画を!」
「おだまり! 君はメインディッシュさ! 絶世の美少女にしてあげるから、楽しみにしていたまえ!」
「ちょ、まて、こ――」
ギュンターが、事前に用意していた呪いの猿轡をされ、完全に拘束されてしまった友也。
この瞬間、ギュンターの計画を止めるものはいなくなった。
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