42「オフェーリアの提案です」①





「――以上が、わたくしの考える領地の未来ですわ」


 サムたちは、蒸留所の視察を終え、町長の家で再び話をすることになった。

 町長宅に集まるのは、町長のガイン、孫娘のマルル。商家の娘ハンナとその父であり、港町の商家を仕切る役目を持つマインツ。漁師でありながら町を守るハンクスと、漁師の元締めであるロックス。

 少し手狭ではあるため、一度は前領主宅で話をする案も町長から出たが、町民たちに良い思い出がまるでない場所でこれからのことを話すのはどうかと、ということでオフェーリアがやんわりと断った。


「奥様、それでは、本当ですかな?」


 後ろにジェーンを控えさせたオフェーリアに恐る恐る訪ねるのは、ハンナの父であり、町一番の商家を営み、領地内にいくつかの店舗を持つ商人マインツだ。

 グレーのスーツをきちんと着こなした四十代後半の男性の額には、うっすら汗が浮かんでいた。

 オフェーリアが、領地のためにまず提示したのは、税を一割にすることのことだったので、驚くのに無理はない。


 善政を敷く領主であっても、三割ほどは税を取る。

 良くも悪くも領地運営には金がかかる。特に領地を発展しようとするのなら尚更だ。

 そして、税で私服を肥やす領主が五割くらいを取る。

 それ以上になると、領民を人を人と思っていない領主となり、ひどい場合は、生きていけるだけの物資や金以外全て奪うものもいた。

 もっとも、俗に言う悪徳領主はすでに全員死亡しているが。


「ええ、シャイト伯爵家は領民から税を取ることをよしとしていませんわ。しかしながら、税をなしとはできませんので、一割に致しました」

「……あまりにも破格な」

「こちらの領地は長い間、重税、いえ、領主のせいで苦しんでいました。同じ、貴族としてお恥ずかしい。心からお詫び致します」


 オフェーリアは、名前くらいしか知らぬ貴族に変わり、躊躇うことなく頭を下げた。

 これに慌てたのは町民側だ。

 領主の婚約者であり、しかも、実家はジュラ公爵家だ。少なからずスカイ王家の血を引く貴族に、それも十二歳と言う少女に頭を下げさせることをよしとできなかった。


「奥様、お顔をあげてください! 以前の領主様には苦しめられたのは事実ですが、すでに罰を受け死刑となった者のことをとやかくいっても始まりません。ならば、領地のために、領民のために、私たちも尽力させていただきたい!」


 マインツは、町民の中でもオフェーリアたちを早々に受け入れていた。

 商人ゆえに割り切って考えているのか、他にも理由があるのかわからないが、オフェーリアにとってはありがたい存在だった。


「はっ、商人様はご立派だ。そういや、あんたは前領主とも仲がよかったな。次の寄生先を探して必死じゃねえか」


 マインツに噛み付いたのは、日に焼けた肌と剃った頭がよく似合う、体格のいい男性だった。年齢は五十ほどだが、老いた衰えはない。

 息子ハンクスと同じ、薄手のシャツとズボンを身につけた――ロックスは、瞳を輝かせるマインツとは違い、オフェーリアに怪訝そうな顔を向けた。


「……ロックス、貴様」

「小賢しい商人は黙ってろ。どうせあんたは、最悪逃げだせばいい。だが、俺たちはこの港町を、故郷を捨てられない。んで、だ、貴族様。税を一割にするなんて耳障りのいいことを言えば、そりゃ喜ぶ奴はいるだろうさ。しかし、その見返りはなんだ?」

「無礼者! 奥様になんという口に聞き方だ!」

「漁師に品格を求められてもなぁ」


 オフェーリアの提案を飴と鞭の飴であろうと受け取ったロックスが、警戒を隠さず問う。

 彼の態度に、マインツが苦い回をするが、彼も注意するだけでロックスの言葉の否定はしなかった。

 長老たちは、口を出さずにいる。おそらく、ロックス同様にオフェーリアの真意を知りたいのだろう。


「無論、領民たちの生活が安定すれば、税を二割ほどにしようということも考えています。ですが、一割でもいいのですよ」

「なぜだ?」

「領地が潤えば、その一割が大きくなるのですから」


 笑顔を浮かべるオフェーリアに、ロックスは黙った。

 確かに、貧しい領民から税を五割取るよりも、潤った領民から一割とったほうがいいだろう。しかし、貴族ならば、潤ったからこそ重税を課したいと思うのが不鬱なのではないかと言う疑念が消えない。


「順序がずれますが、不安が聞けるならお話ししましょう」


 前置きをして、オフェーリアは告げた。


「この町を、いいえ、シャイト伯爵領を――魔族の受け皿にします!」






 ※





 同時刻、村長宅にて。

 オフェーリアと町民が話をしている傍ら、


「……ぐへ」


 酒の匂いで酔ってしまったサムは、部屋の片隅で寝っ転がっていた。


「……仮にも領主が伏した状態で話し合いとは。威厳もなにもないな」


 話し合いにまで参加するつもりのないゾーイがサムの隣で、蒸留所からかっぱらってきたウイスキーを味見していた。


「ふむ。こちらの酒もなかなか。――ん?」


 ウイスキーを舐める程度にしていたゾーイが、ふ、と何かに気づく。

 それは、大きな魔力が急接近しているのを感じたのだ。

 サムもぴくり、と身体を震わせる。


「やれやれ、まったくお転婆な子だ」


 ゾーイは、近づいてくる魔力の主を思い浮かべ、苦笑した。

 間違いなく、これから賑やかになるだろうと確信して。






 〜〜あとがき〜〜

 コミカライズ第4話公開されておりますわ!

 本編では明らかになっていない「日の国」での出来事が描かれておりますの。

 サムとウルの日々をお楽しみくださいませ!

 書籍もよろしくお願い致しますわ!


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