28「貴族も女体化です」①
王都にある貴族たちの屋敷が集まる、通称貴族街。
マルディラ伯爵家当主ハイト・マルディラは、私兵として雇い入れている騎士の報告に忌々しく舌打ちをした。
「旦那様、押し入りです! これ以上は、もちません!」
「ええい! ここまでか!」
襲撃者はたったひとり。
国王の懐刀と名高いイグナーツ公爵家の跡取り、ギュンター・イグナーツだ。
青年であるはずの彼は、水色のドレスに編み上げブーツ、伸ばしたハニーブロンドの髪を三つ編みにした姿で襲撃をしかけてきたのだ。
「おのれ、イグナーツめ。本気で貴族派を一掃するつもりか! たとえ、貴族派がいなくなったとしても、新たな派閥が生まれ、争いが起きると解らぬお前ではなかろうに!
マルディラ伯爵は、貴族派貴族であった。
貴族派貴族筆頭であったジュラ公爵が王族派だったことが明らかになったことで、力を失いつつあった貴族派は瓦解しかけている。
わかりやすい悪さをしていた主要人物たちは、すでに縛首だが、ハイト・マルディラは貴族派貴族でこそあったが、領民を大事にする貴族であったことや、貴族派貴族にしては珍しく悪事らしい悪事を働いていなかったことから無罪放免となった。
しかし、今までのような権力はもうない。あったとしても権力にさほど興味もない。
「やはりロイグ殿下を推した我が一族を許せんか、王よ!」
先代マルディラ伯爵が、クライドではなく王弟ロイグを担ぎ上げようとしていたことから、元国王派と距離をとっているが、決して敵対行為をしているわけでもなかった。
ロイグ出奔後、王となったクライドは、決して良い王ではなかった。
政策に口を出すことは少なく、政に興味がないのか淡々としていた。そんなクライドに不満を抱く貴族派ハイト・マルディラを含めて少なからずいた。
まさか、クライドが初代国王が倒した魔王レプシーの墓守であったこと、墓の守りを最重要視していたとは思いもしなかったどころか、知りもしなかった。
今では、重責を抱えていた王に同情しているが、立場というものはそう簡単に変えられるはずもないのだ。
「旦那様、お逃げください! 奴が、ギュンター・イグナーツが来ました!」
「構わん、もう戦うな。お前たちは、引け。彼と、私のふたりきりにせよ」
「しかし!」
「同じことを二度言わすな!」
「……はっ」
涙むぐ騎士たちが深々と一礼し、部屋から出ていくと同時に、狂った格好をしたギュンターが入ってきた。
「おや、騎士たちは出て行ってしまったようだね。彼らにも用があったのだが」
「奴らにも家族はいる。手を出さないでいただこうか」
「おっと、これはこれはさすがマルディラ伯爵。貴族派貴族の良心と呼ばれた男ですね。あなたとジュラ公爵家のおかげで頭の愉快な貴族派たちの暴走が最小限ですまされたと言っても過言ではないでしょう」
「貴様に評価されているとはな」
ハイト・マルディラも魔法使いだ。
腕は大したことがないが、人ひとりを殺すくらいの出力は出せる。
ギュンター・イグナーツが変態と騒がれているのは知っているが、マルディラ伯爵は彼が冷酷な男であることを知っている。
かつてウルリーケ・シャイト・ウォーカーが宮廷魔法使いを辞め、出奔していた四年余り、ギュンターは各地で八つ当たりとばかりに暴れていた。
周囲は、公爵家の跡取りが善行を行っていると感心していたが、そんなことはない。
盗賊、反逆者、モンスター、すべて平等に殺した。
いっさいの慈悲もなく、容赦もなく、人間も、獣も、モンスターも同じものとして躊躇わず殺した。
関心のある人間以外、人を人と思っていないのがギュンターの本性だとマルディラ伯爵は知って行ったのだ。
何よりも、あのクライド・アイル・スカイの唯一の弟子だ。
ただの結界師であるはずがあるまい。
クライドも若き頃は、手のつけられない時期があった。
思えば、王族派のジョナサン・ウォーカー伯爵、デライト・シナトラ伯爵も、魔法に優れると同時に、その力で数々の問題を起こしていた問題児だ。
その後始末に追われていたのが、イグナーツ公爵だった。
「さて、マルディラ伯爵殿。僕はさっさと用事を終えて、次の仕事に取り掛かりたい」
「ふん。好きにするといい。だが、貴族派貴族をすべて一掃しても、また派閥争いが始まることを肝に銘じておくといい!」
「――うん? あなたは何を言っているのかな?」
「わ、私を粛清しにきたのではないのか?」
「なぜ優雅で可憐な僕がそのような汚れ仕事をしなければならないのかな? なにか誤解があるようなので、はっきりと言おう」
ドレスを翻し、ポーズを決めたギュンターはマルディラ伯爵を指差して告げた。
「――君を女体化させてあげよう!」
〜〜あとがき〜〜
貴族派貴族からハイト・マルディラ伯爵が初登場です。
本人はギュンターを刺客だと思っていましたが、ただの女体化案件でした。
そしてまさかの前後編です。
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