19「酷い誤解を受けました」①
「あ、あの! 重くありませんか?」
腕の中で、お姫様抱っこをされたオフェーリアが顔をあからめ恥ずかしそうに尋ねてくる。
「羽のように軽いですよ」
「もう! からかわないでくださいませ!」
冗談ではなく、本当にオフェーリアの身体は羽のように軽い。
魔法で空を飛んでいる最中だが、落としてしまいそうな危うさなど微塵も感じず、むしろ風が吹けば飛んでいってしまうのではない顔こわくなるほどだ。
「……それにしても、空を飛ぶというのはこのような感覚なのですね」
「平気ですか?」
「怖くないと言ったら嘘になりますが、少々癖になりそうなスリルもありますわね。いつか自分で飛んでみたいと思ってしまいますが……残念ながらわたくしには魔力がないので残念ですわ」
港町に向かうにあたり、サムはオフェーリアを抱っこして宙を飛ぶが、もちろんゾーイ、ジェーン、カルの三人も問題なく飛んでついてきている。
魔族の中でも飛行魔法を使える者はそう多くないようだ。
または、翼人と呼ばれる魔族なら、生まれ持った性質で飛ぶことはできるだろうが、あくまでも人型魔族として生まれると、それなりの素質がなければ飛ぶことは不可能に近いようだ。
例として、魔王の中でも、ダグラスは飛べないらしい。
「それはよかったですけど……本当に飛んでいく必要ってあったのかな?」
歩いてもさほど距離がなかったのに、なぜわざわざ空から向かわなければならないのかわからず、サムが疑問の声をあげる。
すると、後ろからカルが大声を出した。
「わかってねーっすね、サムさん! 飛べない家畜どもに、最初からガツンといくにはこれくらいインパクトがあったほうがいいっすよ!」
「お前な、家畜て」
最悪の物言いのカルに、苦笑いと通り越して顔が引き攣ってしまう。
だが、カルに反対する者はいなかった。
「カル様のおっしゃることは間違っていませんわ」
「え? オフェーリアまで領民を家畜って」
「そこではありません! どちらかと言えば、わたくしも飛べないので家畜側ですし。いえ、そうではなくてですね! サミュエル様は宮廷魔法使いであり、王国最強の魔法使いです。もっとも今は魔王様のおひとりですが、わかりやすくお力を見せつけることで領民から一目置かれることは大切です」
「舐められないように、第一印象が大事ってことっすよ」
オフェーリアの説明も、カルの一言で台無しだった。
「カルに同意はしたくないが、サムは魔王とはいえまだ十四歳の子供だ。実際に領地を運営するオフェーリアは十二歳なのだから、言い方は悪いが、逆らう気配など起きさせないようにしておいたほうが後で楽だろうな」
「ゾーイ様に同感です。カルの意見を肯定するのは非常に嫌ですが、前領主のせいで鬱憤は溜まっているはずですので、サミュエル様がまだ成人前という理由がきっかけになって領民がよからぬことを企む可能性もあります。それは、両者に望むことではありません」
ゾーイもジェーンも、飛んでいくことで魔法使いの中でも群を抜いているサムの力をわかりやすく見せつけたほうがいいようだ。
前領主がやりたい放題だったのは聞いている。すでに罰を受け、首を刎ねられたが、だからといって領民のされたことが消えるわけではないし、処刑される瞬間を見たわけでもない領民たちの気が晴れることはないだろう。
(自分で言うのは情けないけど、領主がこんな子供だとなぁ)
万が一、反乱でも起こされたらたまったものではない。
慢心するつもりはないが、ひとりで鎮圧できるだろう。
だが、その場合、お咎めなしにはできない。
ならば、最初から反乱をしようと思わせなければいい。
(話はわかるんだけど、力を誇示するみたいで嫌だなぁ)
これも領民のため、と思い港町付近の上空を漂う。
潮の香りと、魚の香りが強くなった。
おそらく、干物が相当数あるのだろう。
スカイ王国で干物を食べたことはないが、保存則品として需要があるのかもしれない。
(鯵とか鯖の干物食べたいな。炭で炙って、ビールできゅっとね。白米のおかずにかきこむのもいいなぁ)
干物料理など久しく食べていないサムの口の中で、じわり、と唾液が広がる。
そんな時だった。
「サミュエル・シャイト伯爵様が、私の聞いた方なら――スカイ王国始まって以来の大変態です」
町民が集まる一角に近づくと、とんでもない言葉が聞こえた。
「――ぶはっ」
同時に、背後でカルが吹き出し、「――ぷっ」とゾーイが笑ったのが聞こえた。
「あの、サミュエル様?」
腕の中で恐る恐るオフェーリアがこちらを伺ってくる。
「酷い誤解を受けている! 聞くまでもない! 絶対に、ギュンターとクライド様のせいだ! 間違いない! 訴えてやる!」
〜〜あとがき〜〜
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