閑話「ギュンターも戦っているようです」





「僕の存在意義がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ギュンター・イグナーツは王宮のテラスから魔法少女姿で大絶叫した。

 妻クリーに連れて行かれたが、服を犠牲にしたがなんとか逃げ出すことに成功した。しかし、紳士たるギュンターにとって、客人が多い王宮内を全裸で跋扈するわけには行かず、控え室の中にあった青い魔法少女の衣装を身につけていたのだ。


「いやいやいやいやいやいや! なぜサムが結界を! あれだけ盗ませないように常に気をつけて使っていたのに! ――っ、陛下か! おのれ、変態陛下め! 僕の今までの努力が水の泡ではないか!」


 常にサムに頼られ結界を張る役目だったはずが、まさかサムが自分で結界を張ってしまうという緊急事態にギュンターは動揺を隠せずにいる。


「陛下は綺麗な結界を作るのを得意としていたから盗みやすかったんだろうね。僕は、堅牢さを売りにしているから、頑丈に、厳重に複雑に結界を組むからね。それにしても陛下め、王家のビンビンの力を使えばいいものの、今更結界術を使うなんて想定外だよ!」


 かつて幼いギュンターは、ウルリーケ・シャイトの隣に立つために魔法使いを目指した。その際、ウルが攻撃に特化するならば、自分は守りに特化しようと決めたのだ。

 幸い、結界術師としての才能に恵まれていた。それ以上に、攻撃魔法の適性があったが、そんなものはどうでもいいと、捨てたおかげで歴代最高の結界術師であったクライド・アイル・スカイを凌駕する結界術師となったのだ。

 おかげで、現在に至るまで結界術師として活躍し、サムからも尊敬と恋慕の念を抱かれている自負があった。

 だが、サムが結界術を使えるようになり、いずれ使いこなせるようになってしまったら、自分の立場が無いと焦りを覚えた。


「待ちたまえ、大丈夫だ。僕には可愛いお嫁さんという一番の立場がある。サムが僕を蔑ろにするはずはない!」


 活き活きと戦うサムを見て、ギュンターは「おや?」と首を傾げる。


「……見る限り、魔王に至ったおかげで手に入れた惚れ惚れするほどの魔力を注ぎ込んでいるが。自分の攻撃を外に漏らさないためにそれ以上の魔力で結界を張っているのなら……サムの力は限定されてしまうのではないかな?」


 それでも、魔王に至る前よりも強いだろう。

 ギュンターはそもそも、サムが魔王に至ったことでどれだけ強くなったのか把握できていない。

 把握できないほど強くなったことだけは間違いない。


「竜王候補の玉兎君も底が見えなかったが、サムのほうが底知れない。……だが、かわいそうに。サム、君はさぞかし日々の戦いがつまらないだろう。常に周囲に配慮しながら戦うのは窮屈に違いない。ああ、いっそ僕が魔王に至り全力で受け止めてあげたいが――残念ながら、僕は魔王に至れないので残念だ」


 楽しめる範囲でサムが楽しんでいるのは理解しているのだが、不憫に思ってしまった。

 それでも、サムが今までにないほど嬉しそうに、楽しそうに戦っているのを見て、ギュンターも嬉しくなる。


「しかし、サムも僕をやきもきさせるね! あのような女に、はしたない顔をして! 獣耳かな? 獣耳が好きなのかな!? それとも、褐色の肌や、割れた腹筋が好きなのかな!? 女神エヴァンジェリン様にお願いをして改造を――」

「なにをお願いするのですか?」

「――ぴっ」


 ギュンターの背後から、可憐な少女の声が響いた。

 冷や汗を流し、振り返ると、情熱的な赤い魔法少女の衣装を身につけ、首輪付きの鎖をブンブン振り回しているクリーがいた。


「探しましたわ、ギュンター様ぁ」


 にたり、と口が避けんばかりに笑みを浮かべたクリーにギュンターは失神しそうになった。


「な、なぜ、魔法少女の姿を」

「わたくしも恥じらう乙女ですもの。全裸で王宮内を歩くことなんてできませんわ。シーツを巻きつけてギュンター様を探していたところ、親切なメイドさんがご用意してくださいましたの」

「誰だ余計なことをしたメイドはぁああああああああああああああああああああ!?」

「ギュンター様を探していたことをお伝えすると、首輪まで準備してくださいましたの」

「メイドぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 知らないところに敵が潜んでいたことに、ギュンターは戦慄を隠しきれない。

 なによりも、逃げなければならない。

 このまま捕まれば、衣装の下でもっこり存在を主張している物体を打ち込まれる可能性もあるのだ。


「――サム。君が今戦っているように、僕も戦おう! 愛しい人よ、無事に勝利して再び再開しよう!」


 きっとサムが聞いていれば「一緒にすんな!」と叫んだだろうが、残念ながらこの場にいなかった。


「あらあら、戦いならベッドの上で――」

「戦略的撤退っ!」


 ギュンターは逃げ出した。

 瞳から溢れてくる涙を堪えながら、「僕は、無力だ」と己の弱さを噛みしめるのだった。



 こうして、サムがロボと戦っている間、ギュンターも尊厳をかけた戦いをしていたのだった。




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