47「ダニエルズ兄妹のご挨拶です」②





 メラニー・ティーリング子爵夫人は、夫と娘と一緒にパーティーに参加したものの、若干の居心地の悪さを覚えていた。

 その理由は、たったひとつだ。

 メラニーが、サムの実母であることだ。


 かつて、王弟ロイグと恋愛の末に子を身篭ったものの、不運にも別れることになってしまった。そのことに関しては仕方がないと思っているのだが、その後、無理やりという形で嫁がされたラインバッハ男爵家の生活はお世辞にも幸せとはいえなかった。

 結果、メラニーはノイローゼとなり、自殺を試みた。だが、死ねなかった。

 そんなメラニーを救い、保護したのが夫となるスティーブン・ティーリング子爵だ。

 メラニーは回復するものの、最近まで記憶喪失であったためサムと再会することが長年叶わなかった。同時に、スティーブンと結ばれ、愛娘クラリスも生まれて幸せにしていた。


 複雑な過去を持つメラニーではあるが、一部の心ない貴族から「上手くやった」と言われているのだ。

 王弟と出会い、その子供を孕み、子爵家に嫁いた。数年ぶりに再開した息子は、王国最強の宮廷魔法使いであると同時に、伯爵位を承り、王女をはじめとする魅力的な女性たちと結婚している。

 これでやっかむなというのが難しいことはわかっているのだが、心ない陰口を叩かれることにも我慢の限界がある。

 これでサムとの関係が不仲ならまだ周囲も溜飲は下がったのかもしれないが、関係は良好だ。

 表立っていえなくとも、陰でこそこそ悪口を言いたいのだろう。

 メラニーとしては、せめて娘の耳に入らないところでやってもらいたいと思うばかりだ。


「ねえ、ママ。今日はお兄ちゃんに会えないのかな?」

「どうかしら。最近、とても忙しいと聞いているから」

「お姉ちゃんたちと会えたのは嬉しいけど、やっぱりお兄ちゃんにも会いたいな」


 可愛らしいピンクのドレスを身につけながら、少ししょんぼりしているクラリスの黒髪を、メラニーは優しく撫でた。

 サムの妹でもあるクラリスは、兄と兄嫁たちにとても懐いていた。

 先ほど、リーゼたちがティーリング一家のもとを訪れて挨拶してくれたのだが、クラリスはサムに会いたくて仕方がないようだった。


「ほら、そんなお顔をしてはだめよ。せっかくのドレスが台無しになってしまうわ」

「……うん」


 スティーブンもサムに会いたかったようだが、挨拶が忙しいようだ。

 話題に事欠かないサムの縁者の中で最も血が濃いのがメラニーだが、その次はクラリスだ。

 いずれサムの子も生まれるだろうが、爵位の低い貴族や、力の弱い商家、親しくない家などは、婚約の口約束さえできずにいる。

 王家をはじめ、複数の家がサムと交流がある以上、そこに割って入るのは至難の技だ。

 サムは親しい人たち以外には興味がないようで、接点を作るのも難しい。

 そこで、メラニーとクラリスだった。


 メラニーには、なんとかサムと縁を繋いでもらえないものかと言い寄ってくる。

 クラリスには、婚約者がいないならぜひとも息子を、孫を、と紹介される。ひどい時には、父親以上歳の離れた貴族がクラリスを愛人にしてやってもいいと言う始末。

 メラニーが平民上がりであることから舐められてもいるのだろう。

 スティーブンが今も擦り寄ってくる貴族の相手をしているが、彼も彼でそろそろ限界そうだった。


(――せっかくサムが招待してくれたパーティなのに)


 魔王や竜王という存在に関してはよくわからないが、国が賓客として迎えるような人物とサムが親しいことだけは理解している。

 誇らしくもあり、複雑な子だと思うのだが、なかなか忙しい子でもあるようだ。


「――失礼。そのママ力と香り、メラニー・ティーリング子爵夫人とお見受けする」

「お見受けする」

「あ、はい」


 娘から視線を動かし、メラニーは固まった。

 目の前には、目つきが少し悪いブロンドの髪を短く刈り込んだ青年と、同じブロンドの癖毛を伸ばした濃い目の化粧を施した女性がいた。

 どちらも人離れした美しさを持ちながら、少し強さがあった。

 だが、なによりもメラニーを驚かせたのは、ふたりが陛下直々に紹介があった賓客であることだった。


「あの、なにか」


 粗相でもあっただろうか、と不安になりながらメラニーが恐る恐る尋ねると、ふたりは一変して人懐っこい笑顔を浮かべた。


「ご挨拶をさせていただきたく参上した」

「参上した」

「俺、いや、私はレーム・ダニエルズ」

「私はティナ・ダニエルズ!」

「分不相応ながら、準魔王という立ち位置にいる吸血鬼です」

「吸血鬼です!」


 準魔王、そして吸血鬼という単語に、メラニーが緊張する。

 無意識に、クラリスを背中にかばった。

 少し離れた場所で、自分の名を呼ぶ夫の声がする。


「ご丁寧なご挨拶をありがとうございます。私は、メラニー・テーィリングと申します」

「そう緊張せずに、ティーリング夫人。いや、あえて、ここはメラニー殿とお呼びさせていただきたい」

「よいかな?」

「も、もちろんです」


 スティーブンが駆け下り、割って入ろうとするよりも早く準魔王ダニエルズ兄妹は胸に手を当てて深くお辞儀をした。


「――え?」

「ご挨拶が遅くなりました。サムお兄ちゃんのお母様に、心から感謝と尊敬を」

「感謝と尊敬を」

「そして、どうか、私たちにメラニー殿をママ上とお呼びいただく栄誉をいただきたい」

「ご許可ください!」

「――え?」


 ママ上ってなに、と緊張した頭で一生懸命考えるメラニーだったが、残念ながら答えは浮かばなかった。




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