44「変態の恨みを買っていたそうです」②




「貴様ぁああああああああああああああああああああああああ!」


 鼻血で顔を真っ赤にしたレロード伯爵が、鬼の形相でサムを睨みつけた。


「いや、なんでそんなに俺に怒りを向けているのかわからない!」

「貴様のせいだ! 貴様さえ、いなければ、俺はこの国の王になっていたんだ!」

「んん?」


 理解不能の理論に、サムたちは揃って首を傾げた。


「貴様さえいなければ、ステラ王女は俺のものだったんだ!」

「それはないでしょー」

「俺がどれだけ今まで女をものにしてきたのかわかっているのか! ガキだろうと、人妻だろうと、誰だって俺に簡単に抱かれやがった! わかるか! そうやって、俺は、権力を手に入れてきたんだ」

「今までいろいろな奴に会ってきたけど、そんなくだらない自慢をした奴はお前が初めてだよ」

「そもそも、陛下が溺愛するステラにあなた程度の人間が会えるはずがないでしょう? 会えないのに、どうやって口説き落とすのか気になるわね」

「黙れぇえええええええええええええええええええええ!」

「えー、理不尽!」


 ジュラ公爵の言葉通り、レロードのような馬鹿を陛下がステラに会わせるはずがない。

 早々に別の誰かに会わせて、嫁がせるつもりなら、サムが出会う前に誰かしらと結婚なり婚約なりをしていただろう。

 しかし、陛下はステラが大事ゆえに、そんなことはしなかった。


(今思えば、陛下もよく俺をステラに会わせたよね。当時は身元さえしっかりしていなかったのに。まあ、今はいいか。とりあえず、この変態をどうにかしよう)


「貴様さえいなければ、あの魔王だかなんだかわからない小僧に辱めを受けることはなかったのだ! なにが魔王だ! 全員殺してやる!」

「うん、まあ、殺せたらすごいよ」

「舐めやがって! サミュエル・シャイト、貴様は魔法使いとしては超一流だろうが、俺は元騎士だ! しかも魔法使い殺しとして、何人も魔法使いを殺してきた! お前が詠唱するわずかの間も与えず殺してやる!」

「あ、はい」


 サムは魔法に詠唱を必要としない。

 いや、正確にいうなら必要な魔法もいくつか存在するが、詠唱を省略しても十分すぎる威力を放つことができるのだ。

 なによりも、『スベテヲキリサクモノ』というスキルもある。こちらに関しては、並の剣士の一撃よりも早く繰り出すことができる自信がある。

 せめてレロードが、元剣聖雨宮蔵人くらいの実力があればいい勝負になったのかもしれないが、残念ながらそれほど強くはなさそうだ。

 慢心でも、油断でもなく、単純にレロードのあり方が、『そこそこ』としか思えなかった。


「貴様を殺したら、次はそっちの年増を犯してから殺してやる! その娘も、使用人も、全員だ!」

「――言うわね」


 レロードの自棄としか思えない言葉に、ジュラ公爵の雰囲気が変わった。

 サムは隣に立つ女性から発せられる怒気と殺気に、嫌な汗が流れた。

 よくも一言でここまでジュラ公爵を怒らすことができるものだと感心さえする。


「あんたの言い分はわかったよ。とりあえず、そのくだらない喧嘩も買ってやる。だけど、その前に、ひとつだけ聞かせてくれない?」

「なんだっ!」


 サムは大きく息を吸い込み、疑問とともに吐き出した。


「――なんで魔法少女の格好してるんだよぉ」

「貴様の仲間に破かれた替えの服が、これしか着替えがなかったからだ!」


 感情的になっているのか、それとも冷静なのか、一応、質問には答えてくれた。くれたのだが、やはりレロード伯爵はどうかしているとサムは確信した。


「だからって着てこないだろぉ」

「私に全裸でいろとでもいうのか!」

「使用人に持ってきてもらうとか、なかったの?」

「――あ」

「ばーーーーーーーーーーーーーーーか!」


 もう相手にするのが面倒だ、とサムは障壁を消し、レロード伯爵の顔面を蹴り飛ばした。




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