7「準魔王と国王です」②




 サムが悲鳴を上げるも、ふたりは会話を止めてくれなかった。


「ビンビンとは、その者のあり方であり、心である」

「えっと、それはおっさんの解釈っすよね。勝手にそう決めてるだけっすよね」

「ビンビンは全世界共通である、魂のあり方である。そなたにもいずれビンビンがわかるときがくるだろう」

「そうじゃなくって」

「心を開きビンビンを受け入れるのだ。さすればそなたにも大いなるビンビンが降り注ぐだろう!」

「開くのは心って、股じゃないんっすね」

「お下品!」


 会話に割り込めないサムだったが、さすがに品のないことを言ったカルにツッコミを入れる。

 すみませーん、とばかりに舌をぺろりと出すカル。

 サムは大きく嘆息した。


(それにしても、クライド様のビンビン具合がいつもと違うというか、なんていうか)


 クライドの言う大いなるビンビンとか意味不明だった。

 以前はノリで言っている感じもあったのだが、最近ちょっと怖い領域に足を踏み入れているのではないかと思う。

 気づいたら、エヴァンジェリンあたりが愛の女神からビンビンの女神に転職している可能性だってある。


「サムもそなたも感じただろう? この世界に、いいや、宇宙にあふれるビンビンの意思を!」

「感じてないですから! なんですか、ビンビンの意思って? 意思あるの!?」

「なんつーか、もう宗教的な感じになってますねぇ。そのうち、スカイ王国じゃなくて、ビンビン教国とかになっちゃうんじゃないっすか」

「実際にありえそうな怖いこと言うのやめて!」


(ビンビン教国宮廷魔法使い、サミュエル・シャイト――とか名乗る日が来たら泣くよ!)


 どう収集をつけるべきか悩む。 

 相手が国王陛下でなければぶん殴って退場してもらうのだが、と残念でならない。

 すると、


「サム、陛下がごめんなさい」


 青をベースに白い生地をあしらったドレスを着込んだ、スカイ王国第一王妃フランシス・アイル・スカイが苦笑しながら現れた。

 王妃であり、サムの義母にもなるフランシスに、サムは腰を折り丁寧に挨拶をする。


「陛下ったら、少し飲み過ぎているようなの。休ませてくるわね」

「あー、酔っ払ってたんですね。ずいぶん、ビンビン具合が違うと思っていたんです」


 よく見れば、クライドの顔は赤みが差しているし、今もうつらうつらしている。


「主催者の陛下が酔っちゃうって、お酒弱かったですっけ?」

「ううん、違うわ。ちょっと強いお酒を誤って飲んでしまったのもあるけど、竜王様や魔王様とこうして友好関係を築けたことが嬉しかったので、ちょっと気が緩んでいたみたいなの」

「あー、なるほど」

「お水を飲ませて少し横になれば、いつもの陛下に戻るわよ」


 フランシスの言ういつもの陛下がどの陛下なのかサムには分からず、曖昧に笑って頷いておいた。


「ふふ。サムは堅苦しい陛下と最初に出会ったから違和感があるでしょうけど、私やコーデリアにとって、今の陛下は王になる前のようで懐かしいと言いますか、本来の陛下そのものなのですよ」

「えぇー」


 正直、懐かしまれても反応に困る。


「魔王レプシーの墓守としての重責、貴族派貴族を放置しなければいけない日々、その心労は察するにあまりあり、私たちではお支えしきれなかったわ。でも、サムのおかげで陛下は解放されて、昔のように明るく陽気な人に戻れたわ。ありがとう」

「いえ、御礼なら以前にも言っていただきましたし」

「レプシーさんの存在って凄かったっすねぇ。これを普通に王に抑えられていたとか、レプシーさんの封印じゃなくて、レプシーさんが封印だったんじゃないっすかねぇ」

「しーっ」


 余計なことを言うカルを肘で突くも、サムも同意見だった。


「ちゃんと公私の区別はついているから大丈夫よ。それに、我が子同然のサムの前だからこそ、気を緩めていると言うのもあるわ」

「あ、あはははは、光栄です」

「それよりも――少し気を付けておいてね」

「え? クライド様になにか?」


 声音の変わったフランシスに、クライドになにかあるのだろうか、と心配になったが彼女は違うと首を横に振った。


「陛下ではなく貴族たちがちょっと嫌な感じなの」

「貴族たちって……貴族派の連中ですか?」

「ええ、正直、貴族派貴族の力はなくなったので陛下も放置しているのだけど、向こうはなんとかして力を取り戻したいのね。そんな時に、竜王様や魔王様たちがいらっしゃったでしょう?」

「余計なちょっかいをしかけてくるかもしれないってことですね」

「サムを煩わせたくないのでのだけど、向こうが勝手に突っかかってくるかもしれないの」


 でもね、とフランシスは続けた。


「遠慮なくやってしまってちょうだい」

「……いいんですか?」

「いろいろ重荷を背負わせてしまっている私たちが言う台詞じゃないのだけど、あなたが我慢する必要なんてないわ。問題が起きたら私たちが処理するから、敵意を向けてくる相手には遠慮しなくていいのよ」


 サムは深々と頭を下げた。


「じゃあ私は陛下をお部屋に連れて戻るわね」


 クライドを支えて去っていくフランシスを見送っていると、カルが呟いた。


「王妃様っていい人っすね」

「うん」

「でも、あのビンビンのおっさんの言動を懐かしいですませちゃうあの人も大概っすよねー」

「だよね!」


 カルの言葉に、つい、同意してしまうサムだった。




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