49「元魔王は子育て中です」




 大陸西側の深い森の中。幾重にも重ねられた結界で隠れた元魔王オクタビア・サリナスは、何度目になる子供たちの調整を終えて一息ついていた。

 彼女が生み出した人工魔王は、最強の魔王と呼ばれ畏怖されたレプシー・ダニエルズに匹敵する、いや、超える力を持っていると信じている。

 しかし、懸念がないわけではない。

 それは、ヴァルザードをはじめとする子供たちが精神的に幼いということだ。


 特にヴァルザードは子供そのもので、屋敷に隠れていることを常々不満に思っているようで、抜け出そうとする癖がある。

 子供たちの中で最も力の強く、兄として機能しているジーニアスが嗜めてくれるからいいものの、酷い時には魔王の力を持つふたりが本気で兄弟喧嘩をするので大変だ。


「……はぁ。復讐のために生み出した子供たちを頑張って育てているけど、世の母親の苦労がわかっちゃったわね」


 どことなく疲労を浮かべているオクタビアは、いけないいけない、と気を引き締める。

 最近は睡眠不足だし、食卓に並ぶレパートリーを増やすために徹夜で料理の本を読んだ。子供たちのために不慣れな家庭菜園を始めた。

 娘二人が手伝ってくれたときには、「娘っていいわねぇ」と思ったくらいだ。


 復讐するつもりはあるし、魔神に至ろうとしている身ではあるが、ここ数年子育てママとして奮闘する時間が多い気がする。


「――お母様!」

「ジーニアス? どうかしたの?」


 普段なら部屋のノックを欠かしたことのない礼儀正しいジーニアスが、なにやら血相を変えて飛び込んできた。

 何事か、と思い尋ねてみると、


「ヴァルザードが家出した!」

「………………なんですって?」

「置き手紙があったんだ。ヴァルザードの奴、家に閉じこもっている生活に我慢できなかったみたいで、ちょっと出かけてくるなんて」

「あの子はまだいるの?」


 ジーニアスは首を横に振った。


「手紙を読んですぐに探したけど、お母様の結界の中にはいないと思う」

「……そうね。いないわね」


 遠見の魔法を発動させるも、結界の中に息子の姿はない。


「前にも言ったけどね、ここに隠れているのはまだその時ではないからなの。あの変態覗き見魔王がいる限り、見つかったらすぐに戦いになるわ。奴も私を殺し損ねたことに気づいたでしょうから、戦力を集めているはずよ」

「大丈夫だよ、お母様。俺たちが負けるはずがない」

「あなたたちの実力を疑ったことは一度もないわ。だけどね、遠藤友也は怖いの。とてもとても怖いわ」


 オクタビアは、魔王を名乗るほど強かったが魔王に至った存在ではない。

 対し、遠藤友也は愉快な体質であることはさておき、ちゃんと魔王として至っている。

 些細な違いだと思っていたが、戦ってみて実力に差がありすぎることを痛感した。

 なによりも怖いのは、遠藤友也は敵に容赦しない。

 興味のない者が敵対すれば、すり潰されて終わりだ。

 オクタビアは、奴によって住まいを、仲間を、家族をみんな殺された。

 全員がオクタビアのために遠藤友也と戦い、無残に殺されたのだ。

 オクタビアは、ただヴィヴィアンを殺してその立場を奪おうとしただけなのだが。それが逆鱗に触れたらしく、徹底的にやられた。

 交友関係のある魔王さえも道連れだとばかりに殺されたのだ。


(あの遠藤友也が私が健在だと知れば殺しにくるはずよ。だけど、まだ、その時じゃない。戦力は子供たちがいるけど、私の器が完成していない)


 魔族であるゆえ、また子供たちの成長を待っていることもあり、もう数年ほど様子見をしていようと思っていたのだが、サミュエル・シャイトというレプシーを殺すほどの人間が現れたことで予定を前倒しにした。

 その結果、不完全な状態で遠藤友也に気づかれてしまったかもしれない。


(どうかしていたわ。人間がレプシーを殺そうと、私には関係ないのに。むしろ、一番厄介な魔王を殺してくれたことに感謝したいくらいよ)


「お母様、ヴァルザードはどうすればいい? 探しに行こうか?」

「……いいえ、ジーニアスまで外に出てしまったら他の子たちが堪えられなくなるわ。みんな外に出たがっているものね。あなただってそうでしょう?」

「はい。お母様からいただいた力を使って、どれだけ強いのかもっと実感したいです」

「そうね。持っているものを使えないのは苦痛よね。じゃあ、こうしましょう。ヴァルザードは私が遠見の魔法で探し、見つけ出すから、あなたは兄妹を連れてこの森にいる魔物たちを狩りなさい」

「いいんですか?」

「ええ、ストレスをためるのは良くないもの。ただし、気配遮断だけは常に発動していなさい。あと私が与えた魔法具も常に身につけておくのよ」

「わかりました!」


 嬉しそうに部屋から飛び出していくジーニアスを見て、大人びた子だがまだまだ子供だと苦笑する。

 オクタビアはテーブルに置いてあったティーポットからぬるくなった紅茶をカップに注ぎ、舌を濡らしながら遠見の魔法を発動する。

 そして、紅茶を思い切り吹き出した。


「げほっ、ごほっ、おえっ――ヴァルザード! よりによってどうしてスカイ王国にいるのよ!?」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る