9「竜が来ました」
「ここがスカイ王国の王都か。なかなか賑やかな街だな」
厳重に幾重にも張り巡らされた結界を容易く素通りし、スカイ王国の街並みを珍しそうに見渡すのは竜王――
竜王としての力を最低限まで抑え、人と変わらぬ力と、人と変わらぬ衣服を身につけているため、彼女が竜の、それも竜王を冠する者だとは思いもしないだろう。
だが、背筋が凍るほどの美しさを持つ炎樹に、誰もが振り返るのだが、彼女はその程度の視線を気にしない。
自らの容姿が優れていることを自覚している。
自惚れではなく、そういう存在なのだと解っているのだ。
「人間の匂いが鼻につく」
母と違い、ハンカチで鼻を抑えて眉間にシワを寄せるのは、青髪の青年だった。
軍服のような洋服を着こなす彼は、竜王の息子であり、次期竜王候補のひとりでもある。
竜の中でも、上から数えたほうがはやい実力者であるのだが、その実力のせいで他の種族を下に見る傾向がある。
だが、竜に敵対できる種族は少なく、いや、ないに等しい。例外として、種族を超越した魔王や、それに準じる準魔王がいるが、青年はそれらを相手にしても勝利することができる実力を持つ――と自負していた。
青年の名は、
竜王直系の血を引く、青竜だった。
「匂いも不愉快だけど、声が耳障り。雑音がこうもうるさいと、ブレスで一掃したくなるわ」
青牙同様に顔をしかめているのは、彼によく似た少女だった。
青い髪をショートカットに切りそろえた美少女だ。人間とは思えない、神秘的な美しさを持っている。
だが、やはり隣の青年同様に人間を侮蔑する目をしていた。
彼女の名は、
青牙の双子の妹の青竜であり、竜王炎樹の娘だった。
そして、竜王はエヴァンジェリンの母親であり、青牙と青樹は兄と姉であった。
三人がスカイ王国に現れたのは、末の娘であるエヴァンジェリンが、女神として祀られていることに興味を覚えたからだ。
生まれながらに呪われた黒竜であるエヴァンジェリンがなにをどうすれば、愛を司る女神として信仰されるのか理解できず、直接見に来たのだ。
竜王は女神として祀られる娘に興味を覚えたと同時に、自分の翼を切り落とした少年サミュエル・シャイトと再会したいがために足を運んだとも言える。
人間の、それも子供が竜王の翼を切り落としただけではなく、最強の魔王と恐れられるレプシー・ダニエルズを倒したとのであれば、無視できるはずがない。
一方で、子供たちは、エヴァンジェリンが女神として扱われていることを不快に思っていた。また、末の妹が魔王に至ったことも信じていない。
その嘘を暴き、母の前で恥をかかせようと企んでいるのだ。
青樹に至っては、あわよくばエヴァンジェリンと戦って痛めつけてやろうくらいのことまで考えていた。
「さて――スカイ王国についたのはいいが、どうするべきか。我らの侵入に気づいた誰かが現れるかと期待していたのだが」
「竜王様、人間にそこまで期待するのは酷なことです」
「そもそも人間が出てきたところで、なにができるっていうのかしら」
「――ならば、私ならどうだ?」
人間たちの喧騒の中から、三人にだけ届く声があった。
声は少女のものだ。
よく通る、鈴のような声でありながら、強い意思をはっきりと感じられる。
「まさか竜王が人間の国に足を運んでくるとは思いもしなかったぞ」
王都の通りの真ん中に、青い鎧を身につけた少女――準魔王ゾーイ・ストックウェルがいた。
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