56「魔王の説明と驚きの判明です」②
「さて、僕の善意がわからない薄情者たちは放っておいて――サム。年長者として、すでに魔王に至っている元人間として助言しましょう。――魔王になりなさい」
友也は、誘うのでも諭すのでもなく、なれ、と言った。
強制力はないただの言葉であるが、サムには素直に彼の言葉が伝わった。
「躊躇いはわかります。僕もなりたくて魔王になったわけじゃない。レプシーもヴィヴィアンも、そこにいるエヴァンジェリンも望んで魔王になったわけじゃないんです。でも、君にはその選択肢しかない」
サムたちは、ついエヴァンジェリンに視線を向けてしまうが、彼女は少しだけ困った顔をするだけで、サムに魔王になれとも、なるなとも言わなかった。
「リーゼ殿はサムがひとり残されてしまうことを案じましたが、別に寿命が長くなったからといって死なないわけじゃないんです。奥様を看取ったら、自分の首を刎ねればいい。なんなら、僕が責任を持って命を奪っても構わないですよ」
「お前なぁ、そういう問題じゃねえだろ」
友也のある意味魔王らしい発言に、エヴァンジェリンが呆れた声をだした。
しかし、彼の言う通り、寿命が伸びたからといって長生きする必要はない。
もちろん、自ら命を断つのも違うのだが。
「極論を言っただけです。それに、リーゼ殿、いえ、奥様たちにお聞きしますが、サムがいずれ亡くなってしまうのなら、今後長く生きるほうが……答えは聞くまでもないでしょう?」
「……そうね。サムが死んでしまうなんて許せない」
リーゼが、納得はできていないが死んでしまうことだけは許容できないと苦々しく声にした。
「サムが死ぬなんて駄目」
花蓮が首を横に振り、拒むように声を出す。
「サム様は私たちと一緒に生きていくのです!」
ステラが涙を溜め、
「勝手に死なせたりしないよ」
水樹が拳を握りしめ、
「サム様が死ぬなら、わたくしだって」
アリシアが涙を流しながら、
「サムがいなくなったら私たちはどうやって生きていけばいいのかしらね」
フランがサムのいない未来を想像しようとしてできず、眉間を揉んだ。
「サム――もし君が僕よりも先に死んでしまったら、責任を持って剥製にして僕の部屋に飾らせてもらうよ!」
妻でもなんでもない変態が、ひとりだけ猟奇的なことを言った。
しかし、スルーされる。
「もう結論は出ているでしょう。奥様を悲しませないために、お子様たちを悲しませないために、そして変態に好き勝手させないために、魔王になりましょう」
「……わかった。俺は、魔王になる」
サムは、今日、この瞬間、ひとつの大きな決断を下した。
「リーゼ、花蓮、ステラ、水樹、アリシア、フラン、俺はまだ死ねない。死ぬわけにはいかない。だから、魔王になろうと思う」
反対することはなかった。
むしろ、サムの決断を喜ぶように、皆が笑顔を浮かべてくれた。
「では、さっそく」
「あ、あの!」
友也がさっそく行動に移そうとすると、慌てたようにアリシアが声を上げた。
「なんでしょう、アリシア殿」
「あの、わたくしの勘違いじゃなければ、今、子供たちと仰ったと思うのですが?」
「はい、言いましたが?」
「なぜ複数形で言ったのですか?」
「え?」
「え?」
「――まさか、お気づきではないのでしょうか?」
「なにを、ですか?」
アリシアだけではなく、この場にいる全員が首を傾げた。
「ああ、なるほど。まだ自覚症状はないんですね。僕は魔力で診ているので気づいたみたいです」
「あの、友也? 俺たちにもわかるように説明してくれよ」
「失礼しました。つまりですね、奥様たち全員――お腹に命が宿っていますよ。妊娠しています」
友也の台詞に、サムとみんなが顔を合わせ、
「マジかよ!? ついに私もママか!?」
「ふっ。ようやく僕にも運が向いてきたようだね。ママに陵辱されようと、宿ったのはサムの子供。つまり僕の勝ちさ!」
喜びの声を上げる前に、邪竜と変態が孕むようなことを一切サムとしていないのに喜んでしまう。
「いや、君は違うだろうエヴァンジェリン。なに一緒になって喜んでいるんですか。あと、そこの変態は絶対ありえない!」
さすがの友也も、家族の喜びに混ざろうとするエヴァンジェリンとギュン子に呆れた声を出す。
「もうお前たちは、言葉を発するな。おい、ボーウッド」
「おうよ」
「ちょ、こら! 私は魔王だぞ! おい!」
「離したまえ、ボーウッドくん。僕にはわかる。僕にはこの腹部に宿る温かみがサムの子供だと!」
空気を読まない二人をボーウッドが頭を掴んで引きずっていく。
「これで邪魔者はいなくなったぞ! 好きなだけ喜べ!」
ゾーイはそう言ってくれたのだが、仕切り直すには微妙な空気だった。
「あー、おほん! ステラ、アリシア、水樹、花蓮、フラン! ありがとう!」
咳払いをしたサムは、妊娠がわかった妻たちを力一杯抱きしめたのだった。
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