44「その頃、ゾーイさんは」④




「さっそく取り掛かろう!」


 そう意気込んだゾーイは、ジョンストン伯爵家の一角に存在するアトリエに案内された。

 なんでもキャサリンの曽祖父は、魔法少女という殺伐とした日々を送りながら、絵を描くことで穏やかな時間を過ごす人だったらしい。同時に、こだわる人でもあったようで、素人のくせに本格的なアトリエを作ってしまうような人間でもあったようだ。


 ゾーイは喜んだ。

 いつも、部屋でこっそり描いていた自分が、まさかアトリエで絵を描くことができるとは夢のようだ。

 しかも、一級品と呼べる筆から、際限なく使っていい絵具をはじめとした消耗品たち。


 腕がなる、と筆をとったゾーイがミリアム・ジョンストンを鮮明に脳裏に浮かべ、肖像画に挑んだ。



 ――そして、二時間後。



「できたぞ!」


 借りたエプロンだけなく、服や顔に絵具をつけたゾーイが、意気揚々とキャサリンたちをアトリエに呼びつけた。

 よく二時間で書き上げることができたものだと感心するキャサリンたちの言葉に気を良くする。


「それじゃあ、ゾーイちゃん。さっそく見せてくれるかしら?」

「ああ、いいとも!」


 勿体ぶって布のかけられたキャンパスを披露する。


「見るがいい! これがミリアム・ジョンストンだ!」


 ばーん、と布を剥ぎ取り初代魔法少女の肖像画を満面の笑みで公開するゾーイに対し、キャサリンをはじめ、ジョンストン一家は笑顔のまま硬直した。


「どうした? ふふん。さては、私の絵が凄すぎて言葉もないようだな!」


 鼻息荒く、平らな胸をこれでもかと張るゾーイ。

 キャサリンは、彼女の言う通り言葉がなかった。

 伯爵として、また画家をはじめとする将来有望な人材を支援してきた人間として、ゾーイの絵が素晴らしいものであることはわかった。

 しかし、違うのだ。

 そうじゃないのだ。

 口にしたいが、あまりにも自信満々なゾーイになんと言っていいものかと、悩む。

 それは家族たちも同じだった。


 つまるところ、ゾーイの渾身の作品は――俗に言う『抽象画』であった。


 キャサリンは悩む。

 悩んだ結果、親友として伝えるべきことは伝えようと決意した。


「あ、あのね、ゾーイちゃん」

「なんだ?」

「……ちょっと違うのよねぇ」

「そうか? この辺りなど、負傷し治癒できなかった傷も細かく書いてあるのだが」

「傷があるの!?」

「わからないのか?」

「ご、ごめんなさい、お姉さんね、芸術にはちょっと疎くて」


 それだけ言うのが精一杯だった。

 するとゾーイは、仕方がない奴だなぁ、と肩を竦めると、細々と絵の説明をしてくれる。

 そのおかげで、なんとか彼女の絵が人の姿に見るようになったジョンストン一家だが、それだけだった。

 少なくとも、ミリアム・ジョンストンが全盛期の十代の頃の肖像画だとはどう頑張っても理解できなかったのだ。


「……ゾーイちゃん……はっきり言うわね」

「うむ。遠慮なく言うといい!」

「これはちょっと」

「……なに?」

「あのね、ゾーイちゃんの絵がダメというわけではないのよ。本当よ、それこそ部屋に飾りたいくらい素敵なのだけど――ごめんなさい。私には、この絵が初代様なのかどうかさえ判断できないわ」

「なん、だと」


 心苦しく打ち明けるキャサリンに、ゾーイは目を丸くして自らの力作を見た。


「……鏡に写ったように描いたと言うのに」

「ゾーイちゃんの目に映る世界がとても気になっちゃうわ」

「これでは、駄目なのか……そうか」


 小さい身体をしょんぼりさせて、ゾーイが俯いてしまった。

 相当自信があったのだろう。それだけにショックも大きいようだ。


「……ゾーイちゃん」


 キャサリンだけではなく、この場にいる全員がなんとかフォローできないものかと言葉を探していると、


「――っ、魔力!?」


 部屋の天井に強力な魔力が集まり、魔法陣が展開された。


「これは、友也の転移魔法だと!?」


 一同が驚いていると、転移魔法から一枚の肖像画が現れた。


「――これは!?」


 キャサリンが恐る恐る受け取り、驚く。

 そこには、可愛らしく愛らしい十代半ばの少女が魔法少女の姿をしたが鮮明に描かれていた。

 さらに絵には、一枚の小さな張り紙があった。


『よかったらどうぞ。僕の記憶にあるミリアム・ジョンストンの姿です。追伸。ゾーイへ。やーい、下手くそ』


 張り紙を見たゾーイがプルプルと震え、そして絶叫した。


「遠藤友也めぇええええええええええええええええ! だから私はお前が大嫌いなんだぁああああああああああああああああああ!」

「まあまあゾーイちゃん! あなたの素敵な絵は、お姉さんの寝室に飾らせてもらうわ」

「ゾーイ様、決してあなたは下手ではありません。肖像画に向いていなかっただけです」

「そうですわ! わたくし、とてもゾーイ様の絵が好きですわ!」

「わたしもです!」

「僕もいいと思うぞ!」


 必死にフォローしてくれるジョンストン家のみんなだが、ゾーイは涙を浮かべると、


「慰めるなぁあああああああああああ! 私の絵が理解できない人間なんて、やっぱり嫌いだぁあああああああああああ! もうお家に帰るぅうううううううううう!」


 と、再び絶叫する。

 その後、ゾーイのご機嫌を取るのにジョンストン一家が苦労することになる。


 奇しくも、スカイ王国において、ある意味最強の魔法少女を苦戦させることになったのだが、きっとゾーイは嬉しくないだろう。




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