20「女体化したそうです」①




 サムが魔王ヴィヴィアン・クラクストンズに会いに行き、ボーウッドと戦い、魔王遠藤友也と邂逅し、真なる魔王なんて存在も現れ、ようやく帰ってきたのだが、スカイ王国はスカイ王国でイベント盛り沢山だったようだ。

 イグナーツ公爵家がなぜ劇場を運営しているのか、なぜ男のギュンターが舞台「女優」なのか、突っ込みどころと疑問は山のようにある。

 聞けば、ウォーカー伯爵家をはじめ、奥さんたちの実家も噛んでいるようだ。

 さらに、クライド国王も劇場に頻繁に足を運んでいると聞いたので、「公務しろよ」という突っ込みを飲み込みつつ、サムもゾーイたちを引きいて劇場に向かうことにした。

 身重なリーゼが馬車を使うので、彼女に合わせてサムたちも馬車に乗る。

 しばらく馬車に揺られながら、リーゼと水樹と三人で談笑していると、城下町のとりわけ賑わっている場所に馬車は停車した。


「うわぁ、本当にでっかい劇場ができてるぅー。嘘だろぉ、これを数日で作って、もう舞台まではじめちゃってるのぉ?」

「うわぁ! すごいねぇ!」


 イグナーツ公爵家の行動力に驚きを隠せない。


「ふふふ。見栄えはいいでしょう。まだ完成していないのよ」

「そうなんですか?」

「外観と、舞台、席はそれなりになっているのだけど、他は舞台をしていない時間を使って完成に向けているの」


 リーゼの説明を受けながら劇場に入る。

 受付、と思われる人間がいたが、リーゼの顔を見ると、「どうぞ」と笑顔で顔パスだった。


「舞台か――何百年も前だが、レプシー様とご家族と見たことがあったな」

「人間って娯楽が好きですねぇ。いえ、俺も嫌いじゃないんですが、獣人は動いている方が好きなんで、じっと劇を見るよりは、暴れていたいですねぇ」


 魔族コンビがそれぞれ感想を漏らしながら、サムの後に続く。

 すれ違う人たちが、ボーウッドの外見にギョッとするものの、劇場にいるせいか着ぐるみかなにかだと思われているようで大事にはならなかった。


「まあまあ、素敵な劇場ね。お姉さん、舞台って好きなの。――でも、確か、他の劇場があったはずよねぇ?」


 キャサリンが、くねくねしながら隣を歩くジョナサン・ウォーカー伯爵に問う。


「あ、あの、あまりくっつくのは……ごほん。確かに劇場は他にもありましたが、すべてイグナーツ公爵が、いいえ、正確に言うならばギュンターがすべて買い取り、俳優女優からスタッフまで引き取ったのです」

「あら、まあ」

「イグナーツ公爵も、最初こそギュンターがまたおかしなことを、と呆れたそうですが、彼の舞台が大当たりしたので本腰を入れていくそうです」

「ウォーカー伯爵たちも、一緒にね?」

「ええ、まあ。資金提供は微々たるものですが、脚本を」

「脚本?」

「ギュンターは面白ければ誰の脚本でもよいと決めたようで、私はもちろん妻や娘たちも、陛下たちでさえ目の色を変えて執筆作業中ですよ」


 楽しそうなジョナサンの声が聞こえてくる。

 どうやら王都の人々は劇を、出資者たちは脚本を楽しんでいるようだ。


(だけど、どうしてギュンターは急に舞台を?)


 疑問は相変わらずだが、ここまできたのだから本人に聞いたほうが早いと判断し、足を進める。

 しばらく劇場内を歩くと、舞台に出た。

 打ち合わせ中だろうか。

 慌ただしく動いているスタッフや、舞台の上で演技している女優たち。そして、脚本を持って唸っている人たちがいた。

 声をかけていいものかと悩みながらギュンターを探すが、いない。

 すると、


「あら、サミュエル様! ご無沙汰しておりました。わたくし、サミュエル様にお会いできずに寂しかったですわ!」


 絶世の美女と呼んでも過言ではない女性が、サムに気づき小走りで駆け寄ってきた。

 黄金のようなブロンドの髪を背中まで伸ばし、タイトな白いドレスに身を包んだ彼女を、見てゾーイとボーウッドが「ほう」と息を漏らす。

 すっとした整った鼻梁、大きくて潤んだ青い瞳。薄く整った眉。艶やかな唇と、一流の人形師が丹精込めて作り上げた人形のような美しさを持つ。

 すらりとした体型でありながら、胸やお尻など出るところはしっかり出ており、なんというか色気がすごい。

 しかし、残念かな、サムは目の前の美女を見て、興奮するどころか、はぁぁぁぁぁぁぁ、と大きく嘆息をした。


「なにやってんだよ、ギュンター? 舞台を始めたって聞いたけど、今度は女装って、もう病気だろ」

「え? この美人な人がギュンターなの!?」


 サムの言葉に、驚きを隠せないのが水樹だった。

 どうやら彼女には別人に見えるようだが、サムの目は誤魔化せない。

 淑女のように振る舞っているが、瞳がサムの尻に何度も向いているのだ。

 悲しいかな、慣れた視線だった。


「ギュンター……聞いたことがある。ギュンター・イグナーツか。おい、まて、そうじゃない! 女装と言ったな! こいつも変態なのか!?」

「嘘だろぉ。匂いまで女じゃねえかよぉ」


 ギュンターの名に覚えがあったゾーイは、新たな変態に戦慄しているが、彼こそスカイ王国を誇る最強の変態である。

 ボーウッドに至っては、嗅覚がギュンターを女性だと認識してしまったようで、戸惑っていた。

 正体がバレたギュンターは、取り繕うのをやめて、覚えのある前髪をかき上げる仕草をした。


「――ふ。さすがはサム。僕の愛しい人だ。まさかこの僕の姿を見て、一瞬で気づくとはね!」

「いや、気づくだろ」

「しかし! 君は間違っている!」

「なにが?」

「僕は女装なんてしていない! この姿は――女体化だ!」


 胸を揺らして、声高々にそんなことを言ったギュンターに、サムは、


「はぁああああああああああああああああああああああああ!?」


 意味がわからずとりあえず叫んだ。




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