お正月記念「ウルリーケ外伝6 再会」①




 アーリー公爵はしばらく滞在すると、村のお祭りに参加して帰って行った。

 公爵という立場にありながら、実に気さくで。フレンドリーな村人に混ざってワインを飲み、チーズを食べ、父と尻を撫でて満足すると、「では、王都で待っているよ」と言い残して、王都に戻っていった。

 聞けば、春に公爵家の催しがあり、元聖女とその妻として参加してほしいということだった。

 それに合わせてエミリーの学校入学と、そして、いつの間にか決まっていたウルの魔法学校の見学があるようだ。


「まさか、魔王レプシーがいるとは思わなかった。親愛なるとか書かれていたけど、一度戦ったきりなんだけどね」


 自室で、アーリー公爵がお土産で持ってきてくれた魔導書をめくりながら、そんなことを呟いた。

 やはり魔導書を眺めても、こちらの魔法使いの程度は低い。

 魔力量こそ魔法使いの力だと言わんばかりで、十ある魔力で十の威力の魔法を撃ててこそ立派な魔法使い――もっと言えば、攻撃魔法を使いこなす魔法使いというらしい。


「はぁぁぁぁ。一の魔力で十以上の魔法を使ってこそ、魔法使いなんだけどね」


 それでも、魔王レプシーと会ってみたいという欲求に負けて、王都の魔法学校に見学に行くことに反対しなかった。

 両親も、とくに父が、冒険者にならない選択肢がウルにあるのかもしれないと大喜びしたが、それはまだわからない。

 前世では宮廷魔法使いとして国に仕えていたことで窮屈さと退屈を感じていたウルは、自由気ままな冒険者を求めている。

 ただ、この世界において、冒険者というのは少々荒っぽい人間たちのようだ。

 とくに魔法使いの冒険者は、魔法使いくずれ、と侮蔑されることもあるらしい。

 要するに、優秀な魔法使いなら王宮や軍に求められるので、それ以外の程度はたかが知れているというよくわからない理屈が魔法使いの中ではあるらしい。


「というか、レプシーが理事長をしていながら育つ魔法使いがこの程度とか、よくわからないな」


 ウルの知るレプシーは、復讐に取り憑かれる前は魔王でありながら人格者だと聞いている。

 そのような彼が、魔法使い至上主義のような生徒たちを放置しておくだろうか、と疑問だ。

 もしくは、レプシーという名の別人かもしれないけど、ウルの生前のフルネームを知っているので、それはありえないと思う。


「……考えても仕方がないか。明日は、村の壁を補強する仕事があるし、早く寝よう。どうせ、冬がきて身動きが取れなくなるから、春にならないと王都にいくことはないし、焦っても仕方がない」


 かつてのウルなら、魔法で飛んで王都にいってしまうのだが、この世界では飛翔魔法がないこともあり、目立つ行動はできない。

 両親に迷惑をかけたくないし、面倒な輩に目をつけられたくもない。

 マイペースなウルは、まだ十歳ということもあり、のんびりやろうと決めていた。



 ◆



 そして、冬を迎え、雪が村を白銀に覆い尽くした。

 元気な子供達が外で遊ぶ中、大人たちは家の中で静かに暮らしている。

 冬の時期、やることがない村人たちは、仲間内で集まって飲み会をしたり、子孫繁栄に励んだり、とそれぞれ生活していた。


 ウルは近くの湖に父と防寒着を着込んで釣りに行き、ときには降りすぎた雪を炎の魔法で溶かして村人に感謝され、親の目を盗んでこっそりワインを飲み、兄弟と遊ぶなどして穏やかな時間を過ごしていた。

 そんなことをしていると、あっという間に冬は終わり、春となった。


 雪が溶け、春の息吹が少しずつ感じられるようになった頃、アーリー公爵から迎えの馬車三台と公爵家の兵が護衛としてやってきた。

 すでに身支度をしていた家族たちは、御者に荷物を預け、馬車に乗り込む。

 野営をしつつ、一週間の旅は、村から出たことのないウルたちをはしゃがせた。

 とくにエミリーとレスリーは、家族との旅行と、未経験のテントでの寝起きに大喜びだった。

 護衛の人たちは両親と知り合いのようで、親しげだ。

 モンスターや野盗に襲われることなく、ウルたちは王都に到着した。


「――これが、王都か」


 ウルたちが住まうオースランド王国は、大陸中央部に位置する大国だ。

 人口の多さと、それに伴う魔法使いの多さが周辺の国と比べて頭ひとつ抜けているという。

 かつてまだ大陸が戦争が起きていた時代には、魔法使いたちの活躍で、勝利を続けたらしい。

 大陸で堂々たる地位を得たオースランド王国は、その後、発展していき、今では国外からも多くの人々が出入りする豊かな国となった。


 とくに魔法使いの育成に関しては群を抜いているらしく、他国からの留学生も多いという。

 攻撃魔法と炎属性に偏っているものの、育成機関にはそれなりに力を入れているらしい。


 そんな説明を、王都の入り口で出迎えてくれたアーリー公爵が馬車に乗り込んで説明してくれた。

 もちろん両親は知っているが、王都が初めてだという子供たちのために、笑顔であれこれ話をしてくれる公爵は、いい人なんだと思う。

 この間にも、父の尻を撫でていなければ、だが。


(民は活気付いていて、孤児などは見かけない。町並みも、スカイ王国と同等、いや、少しだけこの国のほうが発展しているかな)


 商店と露店が並び、客を呼び込む声が響く。

 子供達が楽しそうに走り回っているのも見かけた。

 冒険者風の青年たちが、一仕事終えて酒場に入っていくのも見える。

 民たちがみんな、笑顔で、充実していきているのだと感じた。


「ウルリーケ殿」

「はい、公爵様」

「そう固くならずに。そうだね、聖女殿の兄、つまり伯父だと思って気さくに接してくれて構わないよ」

「はぁ、では、アーリー様」

「まあ、今はこのくらいにしておこう。さて、国立魔法学校で理事長殿がお待ちしている。見学はいつでもいいと言ってくれているが、あまり待たせるのも申し訳ない。理事長殿は君の到着を首を長くして待っておられたのだから、本日尋ねるのが良いだろう」

「わかりました」


 アーリー公爵が手を叩くと、馬車が止まった。


「聖女殿、御息女は私がお預かりしてもよろしいなか?」

「――しかし」

「聖女殿と奥方は人気者だ。あまり民に顔を見られてしまうと騒ぎになってしまうと思うが?」

「うぐ。そうでしたね」

「私はこれでも魔法学校の支援者のひとりだ。なにかと顔も聞くし、理事長ともよくさせていただいている。安心して任せてほしい」


 両親の視線がウルに向く。

 ウルはふたりを安心させるように、笑顔を浮かべた。


「私は大丈夫です。なにかあったら、アーリー公爵にお頼りします」

「ははははは、僕で良ければなんでも頼ってほしい!」

「では、娘をよろしくお願いします」

「ウル、くれぐれもご迷惑をおかけしないように」

「はい!」


 両親たちに元気よく頷き、馬車を降りる。

 兄弟に手を振り、公爵と馬車を見送ると、彼が手招きをした。


「こちらだよ。少し歩くが、王都は治安が良いから安心したまえ。もっとも、私も魔法使いとして戦場に立ったことがあるので、護衛だと思ってくれて構わないよ」

「頼りにさせていただきます」

「素直でいい子だね。少し、不思議な雰囲気がするが、それが面白い。聖女殿と騎士殿の御息女だから、それとも君に何があるのか、興味深いよ」


 ウルが特に何かいうことなく困った顔をしていると、公爵は意味ありげに微笑み足を進めた。

 ふたりは、王都の大通りを進んでいく。

 次第に、十代の少年少女の数が多くなった気がした。


「もうすぐ学園だよ。この辺りは、学生寮や研究施設、魔法協会などもあるので、賑やかだよ。今は、昼前なので、学生もそういないが、夕方にきてみるといい。とても活気付いている」

「楽しみにしています」

「さて、見えてきたね。あの建物が、国立魔法学校だ。一応、魔法使いのエリートを育てる教育機関だよ」


 公爵の「一応」という物言いが少し気になったが、ウルは問わず、足を進めた。

 赤い煉瓦造りの建物は、年季が入っており、植物のつたが壁に絡まっている。

 学園の敷地は、故郷の村の数倍あり、見える範囲だけでも訓練場や闘技場というものがある。


「さ、こちらだ。来たまえ」


 校舎内に足を踏み入れると、少しだけ懐かしい魔法の香りがした。

 しばらく歩いていると、古くも荘厳な扉のついたひとつの部屋の前で、公爵が足を止める。


「こちらに理事長がいらっしゃる。私は、ふたりの邪魔をするつもりはないので、少し離れた部屋で待機していよう。なに、心配ない。理由はわからないが、奥方と御息女も一緒だ。君に無礼なことをしないだろう」

「奥様と御息女?」

「君に会わせたいのだろうが、理事長と接点は――いや、あるまい。あの村に彼が立ち寄った記録はないのだった。どのような話をするのか興味深いが、失礼のないように。彼は、素晴らしい魔法使いだ。彼と話をし、君がこの学園に通うことを前向きに考えてくれること祈っているよ」

「ご案内くださりどうもありがとうございました」


 ぺこり、とウルが頭を下げると、公爵は目を細めた。


「なんだかくすぐったいね。では、話が終わったら、そこの部屋を訪ねてくれたまえ」

「はい」

「では、またあとで」


 背中を向けて、別の部屋に入っていく公爵の姿を見送ると、ウルは大きく深呼吸をしてから、部屋の扉をノックした。


「入りなさい」

「失礼します」


 どこか聞き覚えのある声に促され、ウルが部屋の扉を開ける。

 そして、本棚に囲まれた部屋の奥にある執務机と、来客用のソファーに三人の男女がいた。

 身なりのよい男性と女性、そして少女だ。

 男性はウルの顔を見ると、ブロンドの髪を揺らして嬉しそうに微笑んだ。

 線の細い優男を見たウルは、目の前の人物が誰だかすぐにわかった。

 前世で会ったときは異形と化していたので面影こそないが、荒ぶる海のような力強い魔力を忘れるはずがない。


「ようこそ、ウルリーケ・シャイト・ウォーカー。いや、こちらではウルリーケ・ファレルだったね。久しぶりだね、というのはおかしいが、こうして再会できたことを心から嬉しく思う」


 かつて最強の魔王と恐れられたレプシー・ダニエルズは、まるで離れ離れだった友人を懐かしむような声で、ウルを迎えてくれたのだった。



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