お正月記念「ウルリーケ外伝5 十歳」③




「はははは、相変わらず聖女ミシャが純粋な子で安心したよ」

「…………」

「彼女はね、冒険者を差別しているわけじゃないんだが、活動中にあの見目麗しい容姿のせいで嫌な思い出があるのさ。もっとも、彼女になにかしようとした輩は、すでにこの世にいないのだがね」


(この人怖いな! 父を「彼女」とか言っているのも気持ち悪いけど、目が本気でお父様に恋している人間のそれだ)


 泣き始めた父を母と兄と姉が慰めている間に、ふたりきりで話がしたいというスティーブンの要望に応え、ウルは食堂を借りて公爵と向かい合っていた。

 父が好きだという王都で人気の茶葉から、公爵自らが紅茶を注いでくれる。

 ポットに入れた水を魔法を使い一瞬でお湯にすると、用意されていたティーカップに注ぐと、部屋の中にフルーティーで華やかな香りが広がった。


「うん。いい香りだ。この紅茶は聖女の愛した茶葉と言われている」

「……それって」

「君のお父上のことだよ。もっとも、本人は知らないがね。彼女はあまり注目されるのが得意ではないようだから、私たちのような支援者が彼女の生きやすいように手助けしているのさ」


(なるほど。他にも変態がいるのか)


 聖女として名を馳せた父が辺境で農業生活をしているのも、父が目立つのが嫌いだったからなのかもしれない。

 もしかすると、アーリー公爵のような変態たちから距離を置いている可能性もある。


「さて、ウルリーケ殿。正直、君が魔法学校の推薦を断るとは思わなかった」

「申し訳ないと思いますが」

「いや、責めているわけではないので誤解しないように。私も魔法学校の卒業生だが、授業はさておき、なにかと面倒なことも多かった。今となってはいい思い出だが、必ずしも魔法学校に入学したからよいことがあるわけでもないのだよ」


 スティーブンはそう言いながら、懐から一枚の手紙を取り出した。


「国立魔法学校の理事長から君宛に手紙だ」

「私に、ですか?」

「中身までは知らないが、理事長が君がもし魔法学校の入学を断るならこの手紙を渡してほしいと頼まれていた。まさか、と思ったが、さすが理事長だ。先を見通す目があるらしい」


 差し出された手紙を受け取る。

 手紙には、「ウルリーケ殿」と書かれていた。


(なぜ、魔法学校の理事長が私を知っている? 父か母の関係者なのだろうか?)


 疑問は尽きない。


「読んでごらんなさい」

「はい」


 アーリー公爵も手紙の中身が気になっているのだろう。読むように促されたウルが、手紙を開けると、丁寧で綺麗な文字で「親愛なるウルリーケ・シャイト・ウォーカー殿」と書かれていた。


「――っ」

「どうかしたのかね?」

「い、いえ、なんでもありません」


 つい動揺が表に出てしまい、公爵が心配そうな顔をした。

 まさか自分の前世の名を知る者が理事長だったとは予想しておらず、正直驚いた。

 自分と同じ世界からの転生者なのだろう。

 笑顔を浮かべて平気であることを伝えると、手紙の先を読むことにした。


 手紙には、ウルに対して、魔法学校に入学せずとも一度会って話をしたいと書かれていた。

 妻と娘で心から歓迎するので、一度訪ねてきてほしいと。


(――お前もこっちの世界に転生していたのか……女神め。前もって教えてくれればいいものを)


 意外すぎる人物が自分と同じくこの世界に転生していたことを知り、一度舌打ちしてみるも、考えを改め直す。

 よく考えれば、前世の記憶を持つ人間と話をする機会はなかった。

 彼なら、ウルがこの世界で感じている不満をぶつけるにちょうどいい立場にいる。


(なるほど、私も一度会いたくなってきた)


 手紙の最後に書かれていた差出人の名前には――魔王レプシーと書かれていた。




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