69「事後処理です」①




「水樹! ダフネ! キャサリンさん、ゾーイ! 大丈夫?」


 ヴァルザードたちがいなくなり、まずサムは妻と仲間たちに駆け寄った。

 幸い、圧迫感に押し潰されていたようだが、大きな外傷などはないようだ。


「……あははは、凄かったね。上にが上がいるってことを思い知らされたよ」


 水樹はサムの手を借りて立ち上がると、笑顔を作ろうとして失敗していた。

 無理もない。

 真なる魔王を名乗った青年の解き放った魔力は凄まじいものだった。

 よほど腕に自信がある者でも、心を折られるに十分すぎる。


「水樹ちゃんの言う通り、本当に怖い子たちだったわね」


 キャサリンも水樹と同様の感想だった。

 彼女はハンカチで汗を浮かべた額を拭っているが、それでも精神的に余裕はありそうだ。


「……まさかあれほどの力を持つ者がいるとはな。ヴァルザードと他三名も同等だと思っていいだろう。正直、ゾッとする」

「ゾーイが弱音なんて珍しいですね。……いえ、私も動けなかったので人ごとではありません。しかし、まさかぼっちゃまがあのプレッシャーの中で平然としているとは思いませんでした」


 ゾーイとダフネも、土埃を払う姿を見る限り、問題ないように思えた。


「いや、平然じゃなかったけどね」

「……私はサムのことを見誤っていたようだな。あの状況で、お前だけが立っていた。それが全てだ」

「たまたまだと思うけど」

「違う! そんなことはない、実際お前の魔力は――」

「ゾーイ、そのあたりは落ち着いてからにしましょう」

「……そうだな。そうしよう」


 何かを言いたかったゾーイだが、ダフネに遮られてしまう。

 だが、それ以上言おうとしなかった。


「それで、サム。これからどうする?」

「戦いは終わり、それでいいでしょう」

「ならば、宣言するといい」

「俺が?」

「お前が、だ」

「まあ、いいけどさ」


 ゾーイに促されて、サムは大きく息を吸い込んで声を放った。


「さてと、とりあえず――戦いは終わりだ! まだやると言うのなら前に出ろ! 俺が斬り裂いてやる!」


 サムの宣言に異を唱える者は誰ひとりとしていなかった。

 ヴァルザードたち真なる魔王を名乗る相手に、唯一立っていたのはサムであり、また異形の群れをたった一撃で斬り捨てた光景を目にして、歯向かおうなどと思う魔族はいなかった。


「よし。じゃあ、とりあえずボーウッドをどうにかしよう」

「……どうにか、とはどういうことだ?」

「治療するんだよ」

「お、おい、まさか助けるつもりなのか?」


 信じられん、と言うゾーイに、サムは頷く。

 ボーウッドたちは新生魔王を名乗ったが、まだそれだけしかしていない。

 魔王たちの配下を傷つけたわけでも、魔族を虐げたわけでもない。

 情けない話ではあるが、ヴァルザードに唆されて決起したものの、まだなにもしていなかった。


「甘いと思うけど、利用されていたんだから情状酌量があってもいいんじゃないかなって。それに、奴らの情報を聞き出さないと」

「……利用されようとも、何もしなかったとしても、魔王様に歯向かった時点で私には死刑一択なのだが、まあ、お前がそう言うのなら……むう、やはり不服だ」


 ゾーイの気持ちもわからないわけではない。

 害がなかったというのは結果論であり、被害が出ていた可能性がないわけじゃない。

 サムたちが来るのが一日遅かったら、また違った結末になっていた可能性があるのだから。


「なら、続きは私に任せてくれないかしら?」


 不服そうに頬を膨らましているゾーイたちに、ここにはいないはずの人物の声が届いた。

 誰よりも真っ先に声の主に気づき、膝を折ったのはゾーイだ。


「――ヴィヴィアン様」


 魔王ヴィヴィアン・クラクストンズがこの場に転移してきたのだった。



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