68「真なる魔王だそうです」②
強烈な威圧感と圧迫感がこの場にいるすべての者に降り注ぐ。
獣人たちはもちろん、準魔王級であるはずのゾーイとダフネまで、苦しい顔をしてその場に膝をついた。
水樹は刀を杖代わりにして耐えようとしたが、できず、うつ伏せに倒れてしまった。
体格のよいキャサリンも、脂汗を浮かべて両膝をついた。
しかし、サムだけがその場に耐えていた。
「ほう。俺の魔力放出に耐えるか。魔王同等の魔力を持つだけのことはある」
「……いや、結構きついんだけど」
実際、サムは奥歯を噛み締め、身体強化を行った身体で踏ん張っていないと今にも倒れそうだ。
何も感じなかった相手が、まさか魔力を解放しただけでこれほどとは規格外にも程がある。
サム自身が、規格外だと言われたことは何度かあったが、本当の規格外な存在に出会ったと思い知らされる。
「それよりもさ、さっきから俺が魔王がどうこう言ってるけど、どういう意味?」
「自分の力量を把握できていないのか? まあ、いい。力が安定していないようなので、そのうち自分で自覚するだろう。わざわざ丁寧に教えてやる義理はない」
サムにそう言い放った青年は、ぐるりと周囲を見渡すと、つまらないとばかりに嘆息した。
「正直、がっかりだ。お前たちは、俺がわざわざお前たちが感じ取れる程度に力を抑えて放出した魔力を受けてこの様だ。準魔王級ですら無様に膝をついている。殺す価値もないとはこのことだ」
青年の侮辱の言葉に、ゾーイとダフネが唇を噛んだ。
しかし、声を出す余裕すらないようで、そのまま耐え忍んでいる。
「力を抑えて、これかよ……魔王を自称するだけはあるな」
「自称ではない。俺たちが魔王であることは事実だ。ちょうどいい、宣言しておこう。――俺たちは古い魔王たちを殺す」
はっきりと、魔王を名乗る青年はそう言い放った。
「一応、ちゃんと戦うつもりはあるのか」
「あるとも」
「その割には、他にも新生魔王を集めたりしていたようだけど?」
「魔王が素直に俺たちと戦うかわからなく、配下も多い。ならば、使える駒を増やしたに過ぎない」
「なるほど。まあ、あんたたちの事情はどうでもいいよ。魔王と戦いたけりゃ、好きにすればいい」
「なにを言っている?」
「あ?」
「お前も俺たちの標的だ、サミュエル・シャイト」
「……はい?」
青年から発せられるプレッシャーにも慣れてきたサムが、思わず聞き返す。
「最大の目的だったレプシーを殺せなかった以上、お前を殺す」
「意味わかんなーい!」
「あの狂った愚かな一族を唆して奴をわざわざ復活させたと言うのに」
「おい、まてこら!」
聞き逃せない言葉が聞こえ、サムが怒鳴る。
「なんだ?」
「まさか、お前らがナジャリアの民の背後にいたのか?」
「元からレプシーの狂信者だったゆえ、スカイ王国にちょっかいをかけていたようだが、最近少しばかり手を貸してやってはいた。あの一族が狂っているのは、最初からだ」
「そんなにレプシーを解放したかったのなら、自分たちでやればよかったじゃねえか!」
「それはできない」
「どういう意味だ?」
青年の言葉が理解できない。
彼ほどの力を持つのなら、単身でスカイ王国に乗り込んでレプシーを解放することなど容易かったはずだ。
「俺たちにはレプシーを解放することができなかった。それだけだ」
「だから、その理由を聞いているんだよ!」
「わざわざお前に説明してやる義理はない」
「あー、そうですか!」
「……お前もまだここでは殺さない。まだ狩り時ではない。さて、ヴァルザード、そろそろ行くとしよう」
青年が、倒れた獣人を椅子にしていたヴァルザードに声をかけた。
彼は立ち上がると、大きく跳躍して、青年の隣に着地する。
「おっと、忘れものをしていたよ」
歪んだ笑みでそう言ったヴァルザードが、指を鳴らす。
すると、百を超える異形がサムたちの背後から列をなして現れる。
「――なんだよ、これ、死体でも操っているのか?」
生気を感じない、人形の異形たちが足音だけ立ててこちらへまっすぐ進んでくる光景は、異様だった。
「正解。もっとちゃんと言うのなら、魔族のいろいろな種族を継ぎ足しんたんだけどね。かっこいいでしょう?」
「悪趣味すぎる」
「ショックだなぁ。この芸術性がわからないなんて。仲間たちも同じこと言うんだよ。ま、いいさ。さて、僕のかわいいコレクションたち――こいつらをすりつぶせ」
「おい、ヴァルザード。サミュエル・シャイトはまだ殺すな」
「あのさ、あとで面倒になっても嫌だからここで殺しておこうよ」
「……まあいいだろう」
「よし! というわけで、サミュエル・シャイトくん――さよなら」
異形たちが押し寄せてくる。
サム以外は未だに立ち上がることすらできない。
しかし、サムは焦ることなく、怯えることもなく、迫りくる異形たちを迎え撃った。
高めた魔力を右腕に乗せて、一気に解き放つ。
「――スベテヲキリサクモノ・一式焔」
異形たちを炎の斬撃が襲った。
横一閃に斬り裂かれた異形たちが、真っ二つに両断され発火する。
大気中の酸素と魔力を取り込んだ火は、あっという間に業火となり、異形たちを灰にした。
「……ほう。対象だけを斬り裂き、焼いたのか。見事だ」
サムの一撃は、建物や倒れる獣人を一切傷付けず、斬りたいものだけを斬り裂き、焼き払った。
ウルの十八番だった炎の魔法とサムの斬撃を一体化させた一撃だった。
「やるね、君。また魔力が魔王級になったよ。うん、でも、今の君に僕たちを殺せる力はないね」
「らしいな」
「やっぱり君を殺すべきなんだろうけど、残念、時間だ」
ヴァルザードがそう言うと、新生魔王たちはひとり、またひとりと音もなく消えていく。
「今回は引き分けにしておこう。そのうち、また君の前に現れるから、そのときを楽しみにしていてね」
「遠慮しておくよ。二度とくるな」
「あははははは、つれないなぁ。じゃあね」
そう言い残して、ヴァルザードと青年もまた消えた。
まるで空気の中に溶け込んでしまったように、音もなく、動作もなく、いなくなった。
次の瞬間、一同を襲っていた圧迫感が消え去り、それぞれが動き出す。
「ったく、厄介な連中が現れたし、俺を狙うし、と面倒な予感しかしない」
魔王級の魔族に目をつけられてしまったサムは、勘弁してくれ、と肩を竦めた。
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