64「不覚を取りました」




「さて、水樹様はバッカスを、キャサリン様はアムルと戦っていますので、私は今にも茶々を入れそうな獣人たちを下してまいります」

「任せた。私は、ヴァルザードなる魔族と戦おう」


 ゾーイが爆発的に魔力を高めた。

 サムは思わず息を飲む。

 あの小さな身体に、これほどの魔力を持っているとは、想像以上だ。

 ウルの魔力を継承したサムよりもずっと上だ。

 魔力が大きいだけではない。

 魔力の質、強さをとっても、凄まじいものだ。


「さあ、お前も新生魔王を名乗るのであれば、その力を見せてみろ。ただし、抵抗しないというのなら、その潔さに免じて痛みを与えず首を跳ねてやる。どちらだ?」


 剣を構え、ヴァルザードに向けたゾーイに、黒ずくめの魔族は寄りかかっていた壁から離れると、まるで降参するように両手をあげた。


「僕はやめておこうかな」

「――なんのつもりだ?」

「誤解のないように言っておくけど。僕が魔王を名乗ったのは、僕が魔王にふさわしいからであって、君たちが声を荒らげて反対しても、僕が魔王であることはかわらないと思うよ」

「ふざけたことを!」


 ゾーイが憤り、刹那、姿が消えた。

 尋常ではない速度で移動したのだ。

 先ほど、ヴァルザードに仕掛けたときよりも数段階の速さだった。

 しかし、


「おっと。話している途中で、お行儀が悪いね。仮にも長く生きているんだから、もっと大人の対応をしてほしいな」


 音もなく背後から切り掛かったゾーイを、まるで後ろに目でもついているかのようにひらりとかわした。

 いや、それ以上に驚かせたのは、いくら後ろに目があったとしても、瞬く間に背後に回り攻撃を仕掛けたゾーイの一撃を容易く交わしたことだ。


「さっきも言ったけど、魔王に準魔王級がどうこうできるわけが――おや?」


 ヴァルザードの言葉が止まると同時に、彼の頬と首に赤い線が浮かび、鮮血が流れた。


「なるほど。準魔王級というだけあって速いね。うん。ちょっと侮っていたよ」

「ぬかせ。次は、その首を斬り落としてやる」

「その怒りがある限り、どれだけ速く動いても、音を立てずに切り掛かってきてもどこから来るかわかるんだけどね。まいいさ。それよりも」


 ヴァルザードはゆっくりと腕を上げ、サムのほうを指差した。


「サミュエル・シャイトくん――ボーウッドが来るよ」


 その言葉に、サムは己の失態を悟った。

 ついヴァルザードの異様さと、周囲に気を取られすぎていてボーウッドから意識を外してしまった。

 こんな失態をするなんて、あまりにも情けない。


「サミュエル・シャイトぉおおおおおおおおお! 俺たちも楽しもうぜぇえええええええええ!」


 仲間たちの戦いを見て興奮したのだろう。

 牙を剥いてボーウッドが肉薄した。


(やば、速――)


 思考が動いたのはそこまでだった。

 ボーウッドはゾーイほどではないが早かった。

 意識をちゃんと彼に集中していたら、なんとか対応できただろう。しかし、もう遅い。


 サムの左頬をボーウッドの拳が捉えた。

 首から上が消失してしまうのではないかと思うほどの衝撃が走り、サムの意識が跳びかける。

 地面から足が浮き、浮遊感が訪れた。


 ――次の刹那、腕が飛んだ。




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