44「妻子持ちのようです」②




「なぁに、そんな驚いた顔して。失礼しちゃうわね、私だって結婚くらいするわよ、ぷんぷん」

「……いえ、あの、滅茶苦茶意外でした」

「あらそう? 今度、おうちに遊びにいらっしゃい。妻と娘たちを紹介するわよ」


 笑顔で誘ってくれるキャサリンだが、サムは混乱中だった。


(……駄目だ。理解が追いつかない。自分のことお姉さんとか言っているのに、奥さんいるの? 娘さんいるの? 嘘だぁ!)


 口にしなかったのは、自分でも失礼なことを考えている自覚があったからだ。

 奥さんと娘さんは、父親が魔法少女の姿をしていることをどう思っているのだろうかと気になるも、怖くて聞けなかった。


「というか、サムはどうしてそんなに驚いているのかな?」


 馬車の外の景色に夢中で、キャサリンの魔法少女事情に加わっていなかった水樹が不思議そうな顔をしてサムに問う。


「むしろ、平然と聞き流すことができている水樹に、俺は疑問でいっぱいですけど」

「あれ? サムは知らなかったっけ? キャサリン様は父上とも交流があるから、家同士で仲良くさせていただいているよ」


 初耳だった。

 常識人である義父雨宮蔵人は、キャサリンをどう思っているのか今度聞いてみようと思う。


「ふふふ、あの小さかった水樹ちゃんがお嫁さんになるなんてね。私も歳を取っちゃったわねぇ」


 過去を思い出しているのか、懐かしむように目を細めるキャサリン。

 水樹が少し気恥ずかしそうにする。


「キャサリン殿はまだまだお若いと思うよ」

「あら、お世辞でも嬉しいわぁ」


 水樹とキャサリンのやりとりは、言われてみれば、昔から見知った人たちの雰囲気だ。

 よく考えれば、リーゼたちも、幼い頃からキャサリンを知っていたのだろう。ならば、彼女をありのまま受け入れているのもわかる。


(そういう存在だと刷り込まれているから違和感がないんだろうな。……あれ? ならギュンターや、お義父様たちの反応は?)


 サムが首を傾げていると、くいくいとゾーイが袖を引っ張ってくる。


「なんですか?」


 サムが尋ねると、彼女がそっと近づき耳打ちをした。


「娘がどんな怪物なのか、お前の嫁に聞いてみろ」

「……あんたもなかなか失礼ですね」

「これの娘だぞ! まるで巌のようないかつい娘に違いない!」

「それを俺が聞けと?」

「ちょっと嫁に聞けばいいだけではないか」

「そりゃそうですけど」


 ゾーイに促され、談笑を続けている水樹とキャサリンの間に、恐る恐る加わろうとする。


「あ、あの、水樹……ドミ、じゃなくて、キャサリン様の御息女たちはどんな方達なんですか?」

「あらやーだ。サムちゃんったら、水樹ちゃんたちだけじゃ飽きたらず、私の娘たちまで奥さんにするつもりなの?」

「いえ、誤解です。違います。ごめんなさい」


 変な誤解をされてしまい、思わず謝ってしまった。


「三人はみんなとても美人だよ」

「――っ」


 サムはゾーイと一緒に絶句した。

 なんとなく予想ができていた水樹の答えだったが、まさかキャサリンの娘が三人もいることに驚いてしまった。


「い、いや待て、女が女に言う美人は当てにならない」

「あんたも大概失礼だな!」


 サムはふと前世の学生時代を思い出す。


(女子が友人を紹介するときはだいたい「可愛い子だよ」と言うんだよね。男子の場合は「かっこいい」って言うし)


 それが正しいか、正しくないかはさておき、同性からの褒め言葉を鵜呑みにすると後でひどい目に遭うこともないわけではない。


「さ、参考までにどのような方ですか?」

「うーん、キャサリン殿には似ていないかな。快活な感じがエリカに似てもいるね。あ、小柄で可愛いところなんてゾーイ様にとても似ているよ!」

「――わ、私だと、つまり凄い美少女ではないか!」

「……あんた、割と図々しい性格しているな。いや、間違っちゃいないけどさ」


 自分のことを躊躇いなく美少女と言えるゾーイに、サムが呆れた顔をする。

 よほど趣味が変でもない限り、ゾーイは美少女で間違いない。だが、それを本人が断言するとは思わなかった。


(エリカのように快活で、ゾーイのように美少女なキャサリン様の娘――駄目だ。想像できない。でも、女の子なら、このおっさんよりも魔法少女の姿が似合うだろうね、うん。もうそれでいいじゃない)


 よく考えれば、人を外見で判断するなんていけないことだ。

 スカイ王国を代表する変態だって、見た目は少女漫画の中から飛び出してきたような王子様みたいな外見をしている。しかし、中身はストーカー君の変態だ。

 おっさんが魔法少女の格好をしていたって、中身はそう悪い人ではないのだから、いいじゃないか。

 前世の知識と異世界の魔法少女が合致しなかったといって、異世界には異世界のルールがあるはずだ。

 サムは、大きく反省したのだった。


「レプシー様を倒した勇者の仲間の子孫がこれか。きっとお嘆きになっているに違いない」


 ゾーイの小さな呟きは、聞こえないふりをした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る