76「エピローグ」③




「申し訳ありません、ウルリーケ・シャイト・ウォーカー」


 ウルが新たな世界に旅立ったあと、残された女神は小さく謝罪の言葉を口にした。


「ですが、あなたをあの世界に置いておくのは危険でした。壊れた女神があなたを器にしようと狙っていたからです。あなたを蝕んだ死病でさえも、封じられている女神がばらまいたものでした」


 ウルに声が届かないと承知しながら、彼女に詳細を伏せて転生させたことに罪悪感を抱いた女神の独白が続く。


「あの地で命を失っていたら、肉体を女神に奪われていたでしょう」


 ウルに隠した、彼女の死の真実と、彼女の価値は、計り知れないほど大きいものだった。

 それこそ、別の世界を管理する女神が無理やり介入しなければならないほどだ。


「――終わったか」

「はい」


 女神の背後に、いつの間にか男性が立っていた。

 突然かけられた声に、女神は驚くことなく、静かに振り返り、頷く。

 男性もまた神である。

 腰に剣を刺した、剣士風の美青年だ。

 彼もまたはいくつかの世界を管理する神であり、戦を司る戦神でもあった。


「我らはあの世界に干渉することはできない」

「はい。しかし、無理をしてでも干渉しなければなりませんでした」

「違いない。代償は?」

「そう大きなものではありません。千年ほど眠りにつくことになるでしょうが、些末な問題です」


 神にとっても千年の時間はそれなりに長い。

 人々なら複数の文化が生まれるほどの時間だ。

 だが、女神は千年眠ることを些末な問題だと言った。

 事実そうだろう。実際、世界に無理やり干渉せずに、ウルの存在を放置していたら多くの世界に害を与えていたかもしれない。その可能性を排除できたのだと思えば、眠りにつくことなど安い。


「寂しくなるな」

「あら、あなたがそんなことを言ってくださるなんて。お世辞でも嬉しいです」

「事実だ」

「――あとのことをお任せしても?」

「干渉するつもりはない。お前のように、自らを犠牲にする趣味もない」


 女神は苦笑した。

 ぶっきらぼうな物言いの戦神ではあるが、こうして自分のためにこの場に来てくれている彼が、優しく思いやりのある神であることを知っている。


「構いません。ただ、最後まで見守ってあげてください」

「……承知した」

「感謝します」


 頭を下げ、席を椅子から立ち上がった女神に、戦神が待ったと声をかけた。


「ウルリーケ・シャイト・ウォーカーをあの世界から逃したとしても、まだ他にも器がいる。どうするつもりだ?」

「現在、彼女ほどの適合者はいませんので、しばらくは安全かと。それに、各魔王たちが女神を滅ぼそうとしています」

「奴らに神殺しが可能か不明だが、足掻くならその行いを見守ってやろう」

「お願いします」


 ふん、と戦神は鼻を鳴らす。


「お前はもう休め。万が一のことがあれば、介入はしないが、お前を叩き起こすくらいはしてやろう」

「ふふふ、お気遣いに感謝します」


 女神は戦神に頭を下げると、そっと消えた。

 残された戦神は、彼女の残した椅子に腰を下ろす。


「さて、興味も関心もないが、約束通り見守らせてもらおう」


 そして、戦神は静かに目を瞑った。



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