72「衝撃の事実を残していきました」①
「わかっているよ。僕が最後ということは、愛の告白だね」
「ちげーよ」
「……なん、だと」
「いや、そこで驚くなよ。というか、どうして告白がくるなんて妄想できるのか、さっぱりわからない。お前とは付き合いは長いが、つに最後まで意味がわからない物体だったな。だが、いつでも変わらないお前には感謝しているよ」
こんなときでも変わらないギュンターに苦笑しつつ、それでもウルは嬉しく思った。
ギュンターにまで泣かれたら困るし、このあと控えているサプライズもできなくなるところだった。
「ふっ。僕がウルリーケの望まないことをしたことが一度でもあっただろうか!」
「めちゃくちゃあったよ!」
「――記憶にないね!」
「都合いい脳みそだな、おい! だが、お前らしい」
ウルの言葉に、ギュンターが気障ったらしく前髪をかきあげる。
「僕はいつだって君のために生きてきたんだ。君に逝くなと泣いてすがるような真似はしないさ。僕だって、ウルリーケの前では格好をつけていたいからね」
「――ギュンター」
度し難い変態ではあるが、いつだって真っ直ぐに気持ちをぶつけてくるギュンターにウルは感謝した。
彼の気持ちを受け入れることはできないが、それでも幼なじみで家族だ。
今まで決して口にすることはなかったが、ギュンターも大切な存在であることにかわりなかった。
もう二度と、彼の戯言が聞けないと思うと、それはそれで寂しくある。
「では、いつか訪れると覚悟していたこの別れの日のために用意しておいた、ウルリーケに捧げる愛の詩を捧げよう」
「――は?」
「その次は、愛の踊りも用意している。存分の僕の愛を堪能してくれたまえ」
「お前、私を成仏させないつもりだな!?」
訂正だ。この変態とさよならできてせいせいする。
今にも歌い出さんばかりのギュンターだったが、一度咳払いをすると、サムに視線を向けた。
「すまない、サム。今日だけは、ウルリーケのためだけのギュンター・イグナーツでいさせてほしい」
「あはははは、遠慮しないでいつまでもウルのものでいてくれ」
「待て、サム! お前、ここぞとばかりにこの変態を押し付けようとしているな! あの世までついてきたらどうするんだ!」
普段通りすぎるギュンターに、サムも呆れ顔だった。
しかし、泣いていた家族たちも涙を引っ込めて笑っている。
ウルが望んでいた、笑顔で見送ってほしいという状況になった。
ちらり、とギュンターを見ると、よくやっただろ、と言わんばかりにウインクをしてくるのが実にうざい。
「では、さっそく、愛の詩第一章、出会い。歌わせてもらおう」
「だーかーらー、やめろって言ってるんだよっ、この変態野郎!」
「あふんっ」
本当に歌い出し始めたギュンターを止めるべくウルが蹴りを入れると、彼は嬉しそうに鳴いた。
「おい、クリー。お前、本当にこれが旦那でいいのか?」
「ふふふ、ウルリーケ様とサム様を心から愛されているギュンター様のことをとても愛おしく思いますわ」
「凄いな、お前。多分、私が出会った中で一番の強者だぞ」
婚約者が馬鹿やっている姿を満面の笑みで見守るどころか、愛おしく思えるクリーは、やはりどこかおかしいのではないか、とウルを始め、誰もが思った。
「似たもの夫婦だな」
「ウルリーケ! いくら君でも言っていいことと悪いことがあると思うよ! この小娘と誰が夫婦だ!」
「ったく、いい加減に受け入れろよ。いい子じゃないか。お前にぴったりだ。うん。実にお似合いだ」
「やめてくれぇえええええええええ!」
「ま、私もいなくなるんだし、そろそろ私離れをしろ。父親になるんだから、もっとしゃんとしろ」
「――へ?」
間抜けな声をあげたのは、一体誰だったのだろうか。
気のせいでなければ、ウルが聞き逃せないことを口にした気がする。
しかし、誰も理解できなかった。脳が彼女の言葉を処理できなかったようだ。
全員が、目を丸くして静止している。
「あ、あの、ウル? 今、なんかとんでもないことを言った気がしたんだけど、気のせいだよ、ね?」
恐る恐る訪ねたのは、なとか硬直が解けたサムだった。
サムの顔には、大きな動揺と緊張が現れている。魔王と邂逅した以上の、衝撃を受けているようだった。
ギュンターに至っては、なにか心当たりがあるのか顔面蒼白だ。
「気のせいじゃないぞ。ギュンターは父親になる」
「それってつまり」
「子供ができたんだ」
「子供ができたって、まさか、相手は」
一部を除く誰もがサムを見た。
結婚したばかりの花嫁たちからも、疑惑の目を向けられて、サムはたまらず叫んだ。
「俺じゃないよ!」
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