61「浄化とその結末です」①




 サムとウルたちは、ウォーカー伯爵家から王都にある教会に場所を変えていた。

 神聖魔法を使うのであれば、神聖な場所がいいというゾーイの助言に従った結果だった。

 本来なら、教会を貸し切っての使用などあまりできない。

 例外として、結婚式などであり、サムとリーゼたちの結婚が行われる場所が、この教会だ。

 キャサリンが国王に使い魔を飛ばし、急遽教会に話をつけてもらった。


 教会の内陣にある祭壇前にいるのは、サムとウルをはじめ、ギュンターとキャサリン、そして薫子と伯爵夫妻。最後に、ゾーイだ。

 リーゼたちはいない。妊婦に万が一の影響があったら困るという話になり、留守番してもらうこととなった。リーゼの傍には、花蓮、水樹、アリシアが残っている。

 末妹のエリカも、ウルの今後を決める賭けに立ち会いたいと言ったが、父が屋敷で待っているように嗜めた。


「おい、そこの変態そうな男」


 身を清めに向かった薫子にグレイスとキャサリンが付き添っており、この場にいない。

 サムたちは、薫子を待っており、少々手持ち無沙汰である。

 ジョナサンなどは不安が隠せないのか、内陣内を落ち着きなく歩き回っている。

 不安なのはサムも同じで、緊張もあってかひどく喉が乾いていた。

 すると、ゾーイがギュンターに声をかけた。


「……まさかとは思うが僕のことかい?」

「お前以外に誰がいる?」

「あのふりふりした可愛らしい衣装に身を包んだ中年のほうが変態だと思うけどね」

「あれは、もうそういう生き物だと認識しているし、極力視界に入れたくない。脳が痛くなる。そんなことはどうでもいい、結界を張れ。結界術師だろう?」


 ほう、とギュンターが驚きの表情を浮かべた。


「見抜くとはさすが魔王の眷属だね。ギュンターポイントを十あげよう」

「いるか、黙れ」


 ゾーイの正体を知りつつも、ギュンターは相変わらずだった。

 ふたりのやりとりを見ていたサムとウルも苦笑いしか出てこない。

 というか、ギュンターポイントなるものに首をかしげたくなった。

 ポイントが貯まったら、いったいどんな変態行為が行われるのだろうか。


「小粋なジョークが通じないのは残念だね」


 ギュンターが指を鳴らすと、教会を覆うように結界が張り巡らせたのがわかった。


「ふん、変態のような男だと思ったが、結界術は見事なものだ」

「お褒めに預かり光栄だね」


 ゾーイに褒められたギュンターがウインクをすると、彼女はとても嫌そうな顔をした。

 そうこうしているうちに、身を清め、修道服に身を包んだ薫子が戻ってきた。


(――これから、始まるんだな。ウルのこれからが決まるのかと思うと、胃が痛い。本人はまるで気にしていないようだけど、俺だってウルには生きていてほしい。成功を祈るしかない)


 ウルが現状に満足しているのは承知しているが、弟子としてもっと彼女から学びたいし、一緒の時間を過ごしたいと思う。


「――揃ったな。始めるとするか。薫子、こちらに来い」

「は、はい」


 やや緊張気味の薫子が「薫子ちゃん頑張ってね」とキャサリンに見送られてゾーイの指示通り、祭壇の前に立つ。


「ウルリーケ、お前は薫子の前に立て」

「はいはい」


 ウルが薫子の前に立つと同時に、緊張に包まれた。

 ジョナサンとグレイスは肩を抱き合い、娘の未来がかかった儀式を不安そうに見守っている。

 サムは、ギュンターとキャサリンと並び、何かあったときのために動けるようにした。


「浄化によって、吸血鬼になり損ね死人状態になっているお前の状態を強制解除する。これは完全に力技であり、正当な儀式ではない。人間に戻り、生きるか。それとも、人間に戻り、死ぬか、のどちらかだ。覚悟はできているか?」

「……はい。最善を尽くします」

「私はいつだって後悔しないように生きている。結果がどうあれ、ありのままを受け入れるさ。だけど――」


 ウルは、言葉を止めて、両親を見た。


「一応、最後になるかもしれないので、言わせてください。お世話になりました。お父様とお母様の娘に生まれることができて私は幸せでした」


 一度は伝えることができなかった両親の別れの言葉を、ウルは口にした。

 彼女はサムにだけ別れを告げ、家族には手紙で別れを告げている。

 だからもういいと割り切っているウルだが、やはり両親にちゃんと言葉を伝えたかったのだとわかった。


「――ウルリーケ! 馬鹿者、別れの言葉など口にするものではない!」

「そうですよ、あなたはこれからも一緒にっ」


 ジョナサンもグレイスも娘の言葉に、涙を流していた。

 前向きに考えようとするふたりではあるが、浄化をしてウルを救うのは賭けである以上、最悪の場合が次の瞬間に起きる可能性だってある。

 最後の言葉になるかもしれないからこそ、ふたりはウルに別れを告げることをしなかった。

 そんなことをしたら、諦めていると同然だから。


「では、はじめよう。薫子」

「――はい!」

「すべての力を持ってして、浄化を使え。お前の未熟な技術は、私が全力で補助してやろう」

「お願いします!」


 ゾーイの言葉に、薫子が力強く頷いた。


「頑張ってね、薫子ちゃん!」

「はい、キャサリンさん! 頑張ります!」


 キャサリンに激励され、薫子が意気込んだ。


「薫子、ウルリーケ、両手を繋ぎ呼吸を揃えろ」


 ふたりは言われた通りに、両手を繋いだ。そして、深呼吸を繰り返す。


「いいだろう。薫子、力を高めろ。魔力ではない。聖女として、その身に眠る神聖な力を、そうだ、自分の限界を超えてすべてを引き出すつもりで高めるんだ」


 ゾーイの助言を受けながら、力を高め始めた薫子から、金色の粒子のような光が立ち上っていく。


「――いいぞ、もっとだ。もっと強く、あと先のことを考える必要はない。お前はただ、力を高め、浄化するだけだ」


 金色の光が強くなり、目を開けているのが辛いほど眩い光となる。

 ゾーイが薫子の肩に手を置き、もっと力が高まるのを待つ。

 サムたちにはわからないが、ゾーイが薫子の力の補佐をしているようだ。


「――見事だ、かつての私よりも力は強いな。あとはわかるな。今まで高めた力を余すことなくすべて浄化として、解き放つのだ」

「ウルリーケ様、いきます!」

「ああ、よろしく頼む」


 ウルが落ち着いた笑顔を浮かべ、薫子に頷く。

 そして、両親と、サムたちを一瞥して、笑みを深くした。

 次の瞬間、



「いきます――浄化っ!」



 黄金の光の放出が薫子から放たれ、ウルのその身を包んだ。

















 ――刹那、まるで浄化を拒むように放たれた力が反射され、ウルを除く一同が見えない力に吹き飛ばされたのだった。




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