55「魔王と騎士の会話です」②




「吸血鬼に転化したような感じがしましたが、あれは失敗しています。おそらく、程度の低い人間の呪いなどでしょう。吸血鬼に転化するには、吸血鬼の血が必要だというのに、それを知らぬ愚か者があまりにも多いことが嘆かわしいばかりです」

「なぜか昔から人間は吸血鬼に転化したがる者が多いのが不思議だ」

「私のように、転化した実例があるからこそ、自分たちも、と愚かに思うのでしょう」


 古の時代から、吸血鬼に転化する人間は多い。

 古い吸血鬼が転化させる血と技術を持っていることもあり、自分も、と望むのだ。

 実際、人間たちの特に権力者などは、魔族を悪としながら、その転化に魅せられていた。人間の倍以上を生きる寿命と、規格外の魔力、数は多くても弱者である人間には夢のような種族に映ったのだろう。

 実際、レプシーの妻子は、吸血鬼と交わったことを罪とされ殺されたが、吸血鬼の妻という恩恵への妬みも含まれていた。

 いずれ吸血鬼に転化し、悠久の時間を生きるだろう。などという嫉妬も多いにあった。


「さてな。人間の気持ちなど、俺にはわからんよ」

「同感です」

「お前は元人間だろうに」

「それでもわかりません。ただ、あれほど醜い生き物は他にいないでしょう」


 ダグラスは肯定も否定もしなかった。


「一応、聞いておくが、サムの師匠とやらを救う手立てはあるか?」

「いえ、おそらく救えはしないでしょう。ヴィヴィアン様ならもしくは、と思いますが、あのように不完全な転化をしてしまった以上、難しいでしょうね。そもそも、あの者の気配は、吸血鬼のなり損ないではなく、もはや屍人です」

「……そうか、サムも残念だな」


 ダグラスの表情がわずかに曇る。

 魔王のひとりとして君臨し、出会いも別れも経験してきた。

 何度繰り返しても、別れだけは慣れることがない。

 サムはいずれ、師匠という存在と別れるのだ。それがどれほど辛いか、と察するにあまりあった。


「ひとつ手段としてですが、浄化ならもしくは」

「浄化? ああ、神聖魔法だったか? そのあたりは疎いのだ」

「聖女や勇者が使える固有スキルのようなものです。なり損ないとはいえ、吸血鬼として魔に転化しているのなら、可能性がないわけではないと思うのですが」

「だが?」

「たとえ聖女が都合よくいたとしても、浄化を使うには相当の技量と魔力が必要のはずです。さらにいえば、浄化された結果、待っているのは死である場合も。この辺りは実際試してみないとわからないでしょう」

「ふむ。リスクはあるが、どうせ待っているのが死である以上、賭けてもいいのか」

「……どうしますか? 気は進みませんが、ダグラス様がお望みならあの子供に告げてきましょう」


 ゾーイの提案に、ダグラスは驚いた顔をした。

 人間を嫌い、サムのこともあまりよく思っていないゾーイが、まさか彼らを助けるようなことを言うとは思わなかったのだ。


「聖女や勇者がいなければ話にならぬが、そうだな、伝えるだけ伝えてやってくれ」

「――かしこまりました」


 返事をした刹那、ゾーイが消える。


「……相変わらず、速いな」

「本当ですね」


 ダグラスが感心していると、第三者の声が響いた。

 聞き覚えのある声に、ダグラスは口元を緩めてから、その名を呼んだ。


「友也か」

「はい、お迎えにきました。が、ゾーイを少し待つ必要がありそうですが」


 暗がりの中から詰襟をきた少年が現れた。

 見た目こそ、人間の少年だが、その正体は魔王のひとりである遠藤友也だ。


「勝手な真似をさせてすまないな」

「いえ、それだけあなたがサミュエル・シャイトを気に入ったのでしょう?」

「ああ。未熟な子供だったが、伸びしろはある。将来が楽しみだ」

「いずれはレプシーを継ぎ魔王に?」

「そこまでは言わんよ。だが、可能性はゼロではないだろうな」

「それは楽しみです」


 人に好かれやすそうな気さくな笑みを浮かべる友也。

 しかし、ダグラスは知っている。

 魔王の中でも、彼が最も厄介な存在であることを。

 友也と友人関係であったレプシーでさえ、友也に一定の警戒はしていたほどだ。


「さてさて、サミュエル・シャイトくんの今後に期待ですね。機会があれば、僕も会いたいな」


 友也の呟きを聞いたダグラスは、内心、ふたりは出会わないほうがいいと思うのだった。



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