51「騎士ゾーイの登場です」①




 魔王ダグラス、魔王エヴァンジェリンとの食事を終えたサムがレストランから出ると、夏の暑い日差しが出迎えてくれた。

 すでに時間は昼過ぎだった。

 満足そうに腹をさするダグラスが、サムの名を呼んだ。


「いろいろ世話になったな。話もできてよかった」

「こっちこそ、あんたのような魔王に出会えてよかったよ」


 ふたりは握手を交わす。


「さて、帰るか。家族や臣下たちが俺を探して困っているだろうからな」

「ちゃんと断ってからこいよ」

「ははは、違いない! エヴァンジェリン、帰るぞ」

「はぁ? 私はダーリンと一緒に帰るんだけど」


 目的を果たしたダグラスは、大陸西側に帰ろうとするが、エヴァンジェリンはどうやらスカイ王国に残る気満々らしい。

 サムの顔がひきつり、ダグラスが大きく嘆息する。


「あのな、サムの迷惑も考えろ」

「ふざけんな! 馬鹿みたいに飯食って酒飲んだ奴が、ダーリンに迷惑とかどの口が言うんだよ!」


 エヴァンジェリンの怒声に、ダグラスが苦い顔をした。

 それからサムを見て、大男が体を小さくする。


「――サム、金はしっかり返すから」

「別にいいって。俺が好きで奢ったんだし」

「やっぱりダーリンったら、私に惚れ」

「それはもういい。すまんな、サム。貸しにしておいてくれ。いつか返す」

「楽しみにしているよ」

「さて、いい加減に帰らないとヴィヴィアンに気付かれる」



「――その通りです、ダグラス様」



 三人ではない、誰かの声が響いた。


「――っ」


 まるで接近に気づかなかったサムは、声のした方向に顔を向ける。

 すると、そこには銀髪の少女がいた。

 サムとそう変わらない年頃に見える小柄で幼さを残す少女ではあるが、魔王の名を呼んだ以上、見た目の通りの年齢ではないはずだ。

 小柄な体躯には深い青色の鎧を身に纏っている。


(やばい、全然気がつかなかった。存在感がないじゃなくて、単に俺が気づけなかった。この子、強い)


「おっと、まさかもう追手が来ているとはな」

「うわー、お前がきたのかよ」


 魔王ふたりは少女の登場に眉ひとつ動かすことなく平然と対応している。

 サムとふたりにそれだけの差があるのだと思い知らされた。

 少女はまるでサムの存在を認知していないが如く横を素通りすると、魔王たちの前に膝をつき礼を取った。


「エヴァンジェリン様、ダグラス様、騎士ゾーイがお二方をお迎えに参りました」

「ご苦労さん。つまり、お前がきたってことは、ヴィヴィアンには」

「バレバレです」


 無表情に返事をする少女に、ダグラスとエヴァンジェリンの顔が大きく引きつる。


「うわぁ。俺はぶっ飛ばされるだろうし、エヴァンジェリンの尻は嘘みたいに腫れ上がるだろうな」

「わ、私はゼッテー帰らねーからな! あのババァのお仕置きは過激なんだよ!」


 どうやらヴィヴィアンという魔王はふたりを叱ることのできる立場のようだ。

 一体、どんな人物なのかと気になる。


「そんなエヴァンジェリン様にヴィヴィアン様から――お尻だけで済むとは思わないことね、だそうです」

「――うひぃ。ぜってー、死ぬだろ、それ」


 変な声を出す、エヴァンジェリンの肩を同情するようにダグラスが叩いた。


「残念だったな。どうやら俺たちの行動などお見通しのようだ」

「うるせえ! お前なんかについて来なければよかった!」

「はははは、今更後悔しても無駄だ! ふたりで仲良くヴィヴィアンに叱られよう」


 そんなやりとりをしている魔王から、少女が視線を初めて外した。


「――貴様か」


 少女はまるで仇でも睨むような鋭い眼光で、サムを射抜いた。

 同時に、冷たい敵意がサムを襲った。

 サムは全身から冷や汗を吹き出させながら、身動きできずただただ敵意に呑まれてしまうのだった。



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