37「ウルのいる日常です」③




 花蓮たちを完膚なきまで叩きのめしたウルが、涼しい顔をしてこちらに歩いてきた。

 ウルはステラの前に立つと、恭しく礼をする。


「こうしてちゃんとお会いするのは初めてでしたね。ウルリーケ・シャイト・ウォーカーです。まさか、一度死んだあとにご挨拶することになるとは思いませんでした」

「ウルリーケ様、お初にお目にかかります。ステラ・アイル・スカイです。と言っても、あなたのことを何も知らないわけではありません。宮廷魔法使い時代のご活躍は当時のわたしの耳にも届いていましたし、ギュンターからよくお話を聞いていました」


 ウルに笑顔で挨拶を返すステラの口から出てきたギュンターという名前に、ウルが嫌そうな顔をした。


「……そういえば、あの変態と血縁関係がありましたね。おかわいそうに」


 ギュンターに対する辛口なウルに、ステラが苦笑した。

 おそらく、彼女のギュンターの扱いを事前に知っていたのだろう。


「ふふっ、わたしにとっては、楽しい兄のような人です」

「そんな兄が、ご自身の婚約者に偏愛を抱いているのですから世も末ですね」

「ギュンターもあれがなければもっと尊敬できるのですが。でも、彼らしいでしょう?」

「ま、そこは同意しておきます」


 この場にいなくとも話題になるギュンターだった。

 ステラは、ウルに空いている椅子に座るように進めた。

 ウルは遠慮なく椅子に腰を下ろし、メイドを呼んで冷たいお茶をもらう。


「わたしはウルリーケ様にお会いしてみたかったのです。とくに、ここ数ヶ月はその思いは強くなっていました。サム様の師匠であり、大切なお方のウルリーケ様。もっと早くにこうしてお会いしたかったです」

「今日、こうして顔を合わせるのが縁だったのでしょうね」


 きっともっと早くにウルがステラに会っていたら、きっと今の関係はなかったと思う。

 良くも悪くも周囲への影響力が強いウルがステラに会っていたら、ステラはもっと早くに部屋から出て外の世界を謳歌していたかもしれない。


「私が心配することではないと思いますが、サムのことをよろしくお願いします。どうかリーゼたちと一緒に、賑やかで笑顔が絶えない家庭を築いてください」

「――はい。お約束します」


 ウルの願いに、ステラは頷く。

 ステラにとって、サムは恋い慕う相手であると同時に恩人でもある。

 彼と出会わなければ、今もひとりであの暗い部屋で勉強という名の逃避を続けていただろう。

 あの日、サムが部屋から連れ出してくれたことを一生忘れることはない。

 サムのおかげで、今は毎日が楽しく充実しているのだ。

 ならば、サムにしてもらった以上のことをしてあげたいと思うのは自然のことだった。

 他の婚約者たちと協力し、ウル以上にサムを愛し、幸せにしてあげたい。


「わたしが、わたしたちが、サム様のことを幸せにしてみせますわ」


 ステラの宣言を聞き、ウルは嬉しそうに微笑んだのだった。




 ◆




 その後、体力が回復したサムを交えて、ウルと手合わせをした。

 片目が見えず、左腕の感覚のないサムだが、本来の力以上を手に入れたことから動きは一番いい。

 花蓮と水樹がサムに続き、エリカが三人の足を引っ張ってしまうなどしたが、ウルは四人を相手に圧勝してしまった。

 もちろん、サムがスキルを使ったわけではなく、あくまでも手合わせという範囲ではあるが、それでも師弟の差は大きかった。

 最初に退場したのはサムだった、次に水樹で、花蓮。意外なことにエリカが一番食いついたのだが、結局は三人と同じように宙を舞って地面に大の字となった。


「まだまだだな。お前等も本気じゃないんだろうが、私だって全然本気じゃないんだぞ。もっと精進しろ」


 呼吸を乱すことのないウルは、続いてひとりひとりによかったところと改善点を挙げていく。

 厳しくしながらも、褒めるところはしっかり褒めるのがウルのスタンスだ。


(やっぱりスキルなしの自力だとまだまだだな。体ができあがっていない――っていうのは言い訳になるんだけど、もう少し大きくなりたい)


 十四歳で、若干小柄であるサムは、もう少し体格面で成長したいと思っていた。

 体力的にも、肉体的にも、今以上に成長が期待できる。

 魔力は万全となったのだから、あとは魔法技術を磨いていこう。

 最終的に、肉体的に、魔法的に、そしてスキルを一定以上の力にまで到達できれば理想的だ。


(できることなら俺の成長を最後までウルに見てほしいけど)


 現状、ウルの死は避けられない。

 ジョナサンをはじめ、クライド国王陛下や、紫・木蓮などはなにか方法がないかと考えてくれているようだ。

 だが、当のウル本人にそのつもりがない。

 ウルは、かつて別れを告げられなかった人たちに、また会うことができて、今度は死ぬ準備ができることに満足していた。

 本来ならありえない復活に、後ろ向きなことを考えず、無様に足掻くこともせず、自分らしくすることを選択していた。

 ゆえに、サムたちもウルに付き合い、一日一日を大切に過ごしていくことにしている。

 どれだけ時間が残されているのかは定かではないが、できることなら少しでも長くウルと一緒にいられることを願うサムだった。


 サムのすべきことはなにも変わらない。

 ウルと二度目の別れをするとしても、最高の師匠である彼女を超える最強の魔法使いに至る、それだけだった。



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