16「魔王レプシーの復活です」②
クライドは、魔王が復活した瞬間から、王家の力を発動するための準備をしていた。
一見すると、魔王の復活に絶望してしまったようだったが、墓守である彼は諦めていなかったのだ。
そのことに気づいたからこそ、サムはあえて魔王と会話していたのだ。おそらくウルも同じだろう。
その甲斐あって、魔王は金色の鎖によって拘束された。
だが、
「ふむ。劣化したな、スカイ王家の力よ」
レプシーは、王家の力を軽い力で引きちぎってしまった。
鎖が霧散し、魔王が再び自由となる。
「――馬鹿な」
絶句するクライドに、魔王が声をかけた。
「お前の先祖のことは覚えている。強く、勇敢な、異世界人の少年だった。私は彼を眷属に迎えたがったが、彼は拒み、殺し合った。敗者である私は恨みごとは言わぬ。だが、子孫にまで敗北するつもりは毛頭ない」
魔王の指先から、闇色の閃光が放たれクライドの腹部を貫く。
「――ぐあっ」
腹部を抑えて、前のめりに倒れたクライドにサムが駆け寄る。
「国王様!」
「陛下!」
クライドを、ギュンターの結界が厳重に守っていたはずだ。にもかかわらず、まるで紙のように貫いた魔王の力の片鱗に、サムたちは驚きを隠せなかった。
だが、絶望するにはまだ早い。
サムは魔力も体力も残っているのでまだ戦える。
戦う前から、負けた気になるには早い。
「サム、戦えるか?」
隣に立ったウルに尋ねられ、サムは頷いた。
「もちろんだよ」
「私ではおそらくあの魔王に勝てない」
「ウル?」
珍しい、ウルが弱気なことを言うなんて思いもしなかった。
「実力以前の問題だ。今の私の体は、全力の戦闘に耐えられない」
「そっか、じゃあクライド様をお願い」
「……ひとりで戦うんだな?」
「うん。手段がないわけじゃないからさ」
「――あれを使うのか?」
『あれ』という単語に、ウルの顔が苦いものとなった。
サムは笑って首肯する。
「使うよ。ていうか、使わないと勝てないでしょ、あんなおっかない魔王なんて」
「だろうな。だが、わかっているな? あれを使えば、お前は」
「わかってる。覚悟はしたから大丈夫」
「なら、もう余計なことは言わない。最悪の魔王と呼ばれた吸血王レプシーを倒してこい」
「はいよ」
軽く手を振って、サムはレプシーに向かった。
ギュンターに目配せすると、彼はクライドとウルを任せておけと頷いてくれたので、サムも頷き返す。
サムは、魔王レプシーに眼前に立った。
不思議と恐怖ない。
圧倒的力を持つ魔王を前にしても、いつも通りだ。
きっと、ウルたちが後ろにいてくれているからだろう。
「私と戦う気か?」
「ここで引くわけがないだろ」
「そうか、良い判断だ。今の私は、全盛期の三割ほどの力しかない。今なら勝てる可能性があるかもしれん」
(これで全盛期の三割って、魔王じゃなくて竜の間違いだろ。それとも、魔王クラスはこんなのがゴロゴロしているのか?)
「ひとつ聞かせてくれ、魔王レプシー」
「構わない」
「あんたは昔大暴れしたとは思えないほど、なんていうか魔力が穏やかだ」
「かつてはよく魔王らしくないと言われたものだ」
「そんなあんたがどうして、最悪の魔王なんて呼ばれるようになったんだ?」
サムの質問に、魔王はかつてを思い出すように目を伏せた。
「かつて、私には人間の妻とその間にできた子がいた。しかし、人間は、吸血鬼と交わったからというだけで、妻子を殺した。ゆえに、私は報復した。だが、怒りは消えず、呪いは消えず、妻子も生き返らない」
「…………」
聞かなきゃよかった、と内心舌打ちした。
できることなら魔王は悪であってほしかった。
「私は、持て余した感情を晴らすべく、人間を滅ぼすと決めた。そして、異世界人と戦い敗北した。それだけだ」
「そっか。じゃあ、ここから出たらまた同じことを繰り返すのか?」
「無論だ。私にはもうそれしか理由がない」
「人間を憎んでいるくせに、人間を眷属にしようなんて矛盾していると思わないか?」
「私は人間が憎いが、彼らに慈悲を与えているつもりだ。眷属になるということは、人間であることを捨てるということだ。そこに差別はしない」
「そりゃお優しいことで」
「なによりも、私を信奉する人間の大半が、同じ人間に迫害された哀れな子だ」
「なるほど」
ナジャリアの民が、魔王信仰する前にどんな一族だったかはわからないが、奴らにも理由はあったのだろう。
だからといって、奴らの存在が許されるわけではないのだが。
「私は魔王であり復讐者だが、世界を滅ぼしたいわけではない。何度も言うが、私には慈悲がある。たとえ憎き人間であっても、私は慈悲を与える。我が子になるのであれば、心から愛そう。しかし、敵対するというのなら――慈悲を与えはしない」
魔王は真っ直ぐサムを見た。
「少年よ、私と戦うのは自由だが、それ相応の覚悟をするといい」
「覚悟ならできているよ。あんたを復活させようとした奴らのせいで、被害が出ているんだ。それらを無視して、このまま自由に現代を謳歌してください、なんて口が裂けても言わねえよ」
「そうか。ならば、すべきことはひとつだ」
「ああ、戦おう。だけど、あんたもついてないな」
「なに?」
サムは魔王に同情した。
彼の行動理由の背景にではない。この時代の、今日ここに復活をしたことに、だ。
「俺が本来の力を取り戻した日に、劣化した状態で復活するなんてさ。せめて万全の状態だったらよかったのにさ」
「……面白いことを言う子だ。人間のお前が、いくら豊富な魔力を持っているとはいえただの人間が、魔王である私に勝てるとでもいうのか? たとえ全盛期の三割とはいえ、人間を相手に遅れをとるようなことは――」
魔王の言葉が止まった。
その理由は、サムが魔力を放出したからだ。
レプシーの目は、はじめて大きく見開かれた。
「なんだ、その、魔力は」
サムから立ち上る魔力は、今までのそれを凌駕していた。
ウルの魔力ではなく、サム個人の魔力だけで、万全ではないとはいえ魔王の魔力を上回っていたのだ。
「ありえぬ。人間の子供が、これほどの魔力を持つなど……ありえぬ!」
「おしゃべりに付き合ってくれてありがと。これを使うには時間がかかるんだよ!」
「――そうか、そうか、お前は」
「俺にとって、最高の一撃を食らわせてやる! これを味わうのは、お前がふたり目だ! 自慢していいぞ!」
「いいだろう。私を倒せるというのなら倒してみろ!」
魔王もサム同様に爆発的に魔力を高めた。
刹那、ふたりの魔力がギュンターが張り巡らせていた結界を砕き、墓所の壁に亀裂を走らせていく。
地面さえも音を立てて砕け、まるで地震のように城そのものが大きく揺れた。
「素晴らしい魔力だ。名を聞いておこう、少年よ」
「俺の名前はサミュエル・シャイトだ。よく覚えておけ!」
「覚えておこう! 勇敢にも私に立ち向かった、現代の魔法使いよ!」
両者が限界まで高めた魔力を、すべて解き放った。
「――ブラッドランス」
「――セカイヲキリサクモノ」
視界を覆い尽くす赤黒い槍が波となって押し寄せてくる。
サムは、すべての魔力を消費して、スキルと同時に腕を薙いだ。
――刹那、世界が悲鳴をあげた。
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