4「みんなと再会です」②




「う、ウル!? それはどういう」


 誰よりも早く口を開いたのはサムだった。

 ウルは、サムをはじめ、家族たちを見渡し微笑んだ。


「この復活は不完全なんだ。おそらくこの命は仮初のものであり、時間は有限なんだ。そして残念なことにあまり時間はないだろうさ」

「――そんな」


 サムは今にも泣きそうだが、ウルは残された時間が少ないにもかかわらず悲壮感がまるでない様子だった。


「ま、もともと死んでいたんだから、こうしてみんなと会えただけで儲けもんさ」


 ウルはどこまでも前向きだった。

 サムはこみ上げてくるものを必死に抑え、彼女に頷いた。

 そうだ、彼女と二度と会えないはずが、こうやって再会できたのだ。ならば、別れに怯えるのではなく、今のこの瞬間を大事にしようと思う。


「一応、言っておくと今の私は人間じゃない」

「へ?」

「吸血鬼になりそこねた人間のできそこないなんだ。完全な吸血鬼になっていれば、命もつながっていた可能性もあったんだが、ま、それは運命ということだ」

「ウルは蘇生されたんじゃなくて、転化させられたってことか。それでも、現代の魔法技術じゃありえないな。どこの誰がそんなことをしたんだ?」

「ナジャリアの民って知っているか?」

「――やっぱりあいつらだったか」


 ウルの亡骸を奪ったのがナジャリアの民だと推測はできていたが、まさか吸血鬼へ転化させてしまう技術を持っているとは思いもしなかった。

 転化は、一部の魔法使いが求める秘技である。

 人間には魔力量、魔法、技術など限界がある。そこで、他の種族に転化することで、人外の力を手に入れようとする考えは、少なからずあるのだ。

 例えば、エルフは魔力量が基本的に人間よりも多く、エルフ独自の魔法も持っている。

 例えば、吸血鬼は魔力量もさておき、他者から魔力を奪うことができるなど、種族固有のスキルを持っている。

 他にも、伝承程度でしか知られていない存在だが、魔人や竜人という種族もいる。

 ただし、転化にも限界はある。もともと多くの犠牲を支払う転化だが、人間に近い種族にしか転化できない。オーガやオークなどモンスターと呼ばれる種族にはまず無理だった。


「やっぱりサムはナジャリアの民を知っているんだね。あいつらの長がお前の名前を知っていたから、やっぱりと思ったんだが」

「何度か戦ったよ。厄介な連中だね」


 ナジャリアの民は、面倒な奴らだ。

 魔剣を作ることのできる人間から、魔眼をコレクションしている奴などがいる。

 どんな理由があってスカイ王国を目の敵にしているのか不明だが、他の国に迷惑をかけずにひっそりと息を殺して生活して欲しいと願うばかりだ。


「そんな厄介な奴らがすぐにでも動き出すぞ」

「どうしてそんなことがわかるの?」

「奴らの拠点と、なんだか大事そうにしている祭壇をぶっ壊して、戦士たちを皆殺しにしてきた。残念ながら、長だけは逃してしまったけどな」

「――は?」


 ウルがなにを言っているのかわからなかった。


「長らくどこに住んでいるのかわからなかったナジャリアの民の拠点で復活したんだから、それを生かさない手はないだろ。中途半端に転化させてくれた礼を兼ねて全滅は、できなかったが、半数は潰したと思うぞ」

「え、ちょ」

「奴らは私を復活させてサムと戦わせようとしたみたいだが、そもそも転化を含めて術が未熟だったらしく、大失敗。戦える戦士たちもいない。もう終わりだな、あの一族も」

「――そんな馬鹿な」


 サムのみならず、誰もが唖然とした。

 長年スカイ王国や周辺諸国が手を焼いていたナジャリアの民の戦士たちを、ウルは単身ですべて倒したという。


(ウルが強いのはわかっていたけど、あれ? でもウルの魔力って、全部俺にあるはずなんだけど)


「あのさ、ウル」

「なんだ?」

「魔力がないのにどうやって戦ったの?」

「お前もかぁ。あのなぁ、魔力っていうのは私たちの体の中だけじゃなく、世界に満ち溢れているんだぞ。その気になれば、あるところから魔力を引っ張って使うことくらいできるに決まっているだろ」

「そんな出鱈目な。それ、人間技じゃないし」

「ま、私は天才だからな。さて、お前とこうして話しているのは楽しいし、家族ともっと会話がしたいが、まず面倒ごとから片付けてしまおう。陛下のもとにいくぞ」

「え? クライド様のところに?」

「ああ、夜だが知ったことじゃない。寝てれば起こせばいい」

「えっと、それだけの用事があるってことだよね」

「その通りだ。私だって、あのおっさんの寝顔になんて興味がない」


 ウルの目的がわからないが、ナジャリアの民にまつわることだろうと推測できる。

 サムは、ジョナサンたちを伺うと、困惑しつつも頷いた。


「じゃあ、さっそく」


 まずは、ウルのすべきことを優先しようと考える。家族との交流は、それらが片付いてからゆっくりすればいい。

 そう思った、その時だった。


「ウルリーケの匂いがするぅううううううううううううううう!」


 目を血走らせ、興奮したギュンターが突然扉を蹴破って現れた。


「来ると思った。ていうか、イグナーツ家の屋敷からウォーカー伯爵家までどれだけ距離があると思ってるんだよ。ウルの匂いとか、そこまで届かないだろ」


 サムがツッコミを入れるが、ギュンターには届いていない。


「嗚呼、ウルリーケ! 僕のウルリーケ! 君がどうして生きているのかなんて野暮なことは尋ねたりしないよ。おかえり、ウルリーケ! 今夜はサムと三人で子作りだね!」

「……相変わらず気持ち悪いな、お前」

「ああ、その冷たい目、冷たい言葉、ぞくぞくするよっ! ――はうっ」」


 ウルの冷たい態度に悦び体を震わせるギュンターに、一同は再会の余韻が消えた気がした。

 彼の登場で、いろいろな感情が飛んでしまい、いつもの空気に戻ってしまった。


「ところで、どうしてギュンターはサムまで気持ち悪い対象の数に入れているんだ?」

「あの、お姉様、ギュンターはその、サムに――」


 リーゼが恐る恐る説明すると、再会してから初めてウルが間の抜けた顔をしたのだった。



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