7「家出の理由はお見合いです」②
「待て待て! 待ってくれ! ここは同情するなり、続きを聞くなりしてくれるはずだろう!」
「いいじゃない、姉さん女房。……今日の晩ご飯なんだっけ、お肉だったらいいな」
「ほらぁ! 興味がもうないいぃ!」
聞くだけ時間の無駄だった。
貴族の跡取りが望まない結婚をすることは珍しくない。
その度に、家出をしていたらきりがないのだ。
もちろん、年上すぎる相手と見合いをしなければならないのは同情するが、今まで侯爵家の長男としていい生活をしていたのだから貴族の義務だと思ってほしい。
「四十過ぎたお見合い相手……まさか、ガブリエル様かい!?」
「――っ、その名を口にするな! おぞましい!」
ガブリエル、という名にジャスパーが顔を歪めて大きな声を出す。
どうやらギュンターはジャスパーのお見合い相手に心当たりがあるようだ。
「ガブリエルって誰?」
「ウルは知らなくても無理はないが、僕たちの世代では悪魔のごとく恐れられているお方だよ。ガブリエル・ウッドフォード様は、王家に連なる方だ」
「へー」
「慈愛のガブリエルと呼ばれるお方で、いくつもの孤児院を運営し、孤児のために多大な支援をしている」
「いい人じゃない」
「しかし、重度の少年趣味だ」
「ん?」
「可愛い少年が大好きなのだよ」
ギュンターの説明を受け、ガブリエルがどんな人間なのかざっくりとわかった。
ウルは続いて、怯えるように震えるジャスパーを見る。
(十六歳って聞いているけど、見た目はもっと幼いから食指が動いたのかしら)
ジャスパーは、ウルよりも背の低い小柄の線の細い少年だ。
柔らかな髪と大きな瞳、容姿もかわいらしく、ボーイッシュな美少女とも見える。
少年趣味の女性が欲するには十分すぎるな、と納得できた。
「好きなことに夢中になれるのはいいことじゃない。おばさんも幸せ、子供たちも幸せ。はい、おわり」
「僕が不幸のままじゃないか!」
「じゃあ、断ればいいじゃないの」
「それができれば苦労しない。ガブリエル様は、様々なお力をお持ちで、陛下でさえ頭が上がらないという。そんな方に、なにができる!」
「諦めなよ。きっと可愛がってもらえるよ」
「諦められないから家出をしているのに!」
「……面倒な奴ね」
ウルもだんだんジャスパーに苛立ちを覚えてきた。
お見合いが嫌だというのはわかったが、逃げて解決するものではない。
両親なり、お見合い相手なり、ちゃんと自分の意思を伝えることが重要だと思う。
それ以前として、確かに二十以上離れた相手の結婚は嫌なのはわかる。ウルも同じ立場ならごめんだ。
しかし、相手の噂だけで、こうも嫌がるのは少々引っ掛かりを覚える。
もしかしたらいい人かもしれない。
年齢的に子供が無理なら、側室を迎えればいいし、その辺りの理解がある方かもしれない。
ただ相手が年下趣味のおばさんだから嫌だ、というだけで逃げ出したジャスパーを殴りたい衝動に駆られつつあった。
「落ち着きたまえ、ジャスパー。仮に結婚したとしても、君が歳を重ねれば興味をなくすさ」
「人ごとだと思って! それまでが生き地獄だ! なによりも、ガブリエル様とお見合いすることがミヒャエル様に知られてしまったら、僕がどうなる!」
「また新しい誰かの名前が出てきたな。誰それ、簡単に説明して」
頭を抱えて懊悩するジャスパーでは話ならないとギュンターを見る。
彼は、少し困った顔をして語った。
「ガブリエル様のライバルであるミヒャエル夫人という方がいる。その方も、少年趣味なんだよ。しかも恐ろしいことに、この国の少年全てを自分のものにしようと企む恐ろしい魔女なのさ」
「…………」
ギュンターからミヒャエルの説明を受けたウルは、大きく嘆息をした。
そして、空に向かって叫んだ。
「もうこんな国滅んじまえ!」
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