50「反省しない男」
「――どうして、僕がこんな目に」
葉山勇人は、真っ暗な視界と、動かない手足という理不尽な状況を嘆いていた。
サミュエル・シャイトに自慢の聖剣と一緒に魔眼を斬り裂かれたせいで、すべてが一変してしまった。
従順だった女たちが、まさか魅了が解けて襲いかかってくるとは思わなかった。
「あれだけ可愛がってやったのに、恩を仇で返しやがって」
勇人は、自分が悪かったとは微塵も思っていなかった。
確かに魅了はしたが、持っている力を使っただけで、犯罪でもなんでもない。
無理やり組み伏せたわけでもなければ、脅したわけでもない。
むしろ、向こうから勝手に媚びてきて、股を開いたのだ。
自分に悪いところなどない、むしろ、被害者であると思っていた。
「人を悪人みたいに言いやがって……魅了が悪いなら、かかったお前らだって悪いじゃないか!」
拘束されている勇人に何人か会いにきていたが、誰もが自分が身動き取れないことをいいことに、好き勝手なことを言ってくるだけだった。
恋人を奪われた、婚約者を奪った、一国の王妃まで手を出すなど不敬だ。
顔を見ることができないせいか、文句を言いにくる奴らは饒舌だった。
勇人からすれば、女を奪われた方が悪い。
魅了された女たちも悪い。
そもそも、ステラのように、魅了の効かない人間がいるのだ。
ならば、魅了にかかった女たちもそれを望んでいたからこそ、魅了されたのだ。
恋人を、婚約者を、夫を心から愛していたのなら、ステラのように魅了されなかったはずだ。
「――やっぱり僕は悪くないじゃないか!」
この場に魅了の被害にあった女性たちがいたら、再び滅多刺しにされていただろう。
幸いなことに、彼女たちはこの場にいない。
王宮の部屋を与えられ、見張りと、相談できる相手を用意し、手厚く保護されている。
すでに、弄ばれた挙句、妊娠していたとしった女性の中には、自殺未遂を起こした者もいる。
使節団の中に、元恋人や元婚約者、元夫がいる女性は、縋り付いたのだが、彼女たちを受け入れることのできた男性は数える程度だった。
勇人が手を出した女性の大半が、貴族や立場を持つ女性だった。そんな女性の相手もそれなりの立場にあった。
仮にも貴族の恋人や婚約者が、魅了されていたとはいえ、別の男に弄ばれた挙句、妊娠してしまったとなると、再び彼女たちを受け入れることは難しい。
男性たちがしたくとも家が許さない場合もある。
勇人の身勝手な行為は、女性だけではなく男性も不幸にしていた。
使節団の、とくに勇人に女性を奪われた人間には監視をつけているので、短慮な行動ができずにいたのだが、見張ってさえいなければ勇人はとっくに殺されていただろう。
「勇者様」
「……その声は、ディーラか?」
「はい、あなたのディーラです」
聞き覚えのある声が、ディーラだとわかり、勇人は身構えた。
もしかしたら魅了したことを恨み、仕返しにきたのかもしれないと考えたのだ。
だが、勇人の予想は外れることになる。
ディーラは、勇人の傍に控えると、水に濡らしたタオルで甲斐甲斐しく彼の体を拭き始めた。
「それにしても、今回は災難でしたわね。あの女たちも、勇者様のご寵愛を受けながら、掌を返すような態度を取るなど、到底許されるはずがありません。父に罰してもらえないかと頼んでみたのですが、無理だと一蹴されてしまいました」
心底残念そうな声だった。
「ご安心ください。わたくしは、勇者様のお味方です。勇者様のことは、私が命を賭けてお守りします。他の女と遊びたかったら、今までのようにおっしゃってください。魅了など使わずとも、わたくしに言ってくだされば、美しい少女を攫ってきてさしあげます。それとも、勇者様から魅了を奪った魔法使いのように、男を愛人になさいますか?」
「でぃ、ディーラ?」
「勇者様のご面倒はわたくしがずっとずぅっと見ますので、どうぞご安心ください。あなたの子供を身籠るという栄誉をいただきながら、感謝せず文句ばかり言う豚のことなど忘れてしまいましょう。勇者様には、もっとふさわしいお相手がいます」
「え? 今、なんて、子供?」
勇人は耳を疑った。
ディーラの言葉が本当ならば、自分の女だった誰かが妊娠していることなる。
誰が妊娠したのか聞きたかった勇人だが、ディーラは話をさせてくれない。
「あの女たちは、勇者様に相応しくはありませんでした。わたくしが勇者様の一番であることにも気づかず、寵愛を受けるために無様に腰を振るような売女がいなくなってせいせいしています」
ここでようやく勇人はディーラの様子がおかしいことに気がついた。
「勇者様はわたくしを一番にお求めになりました。魅了を使わず、告白してくださいましたね。わたくしがどれだけ嬉しかったか……あの雌豚たちのように欲を満たすだけの相手ではないのです。わたくしは、勇者様の伴侶なのですから」
「で、ディーラ」
「ご安心ください。別の国に逃げる手筈を整えてきます。オークニー王国に戻ったら、遊んだだけの女たちが子供を盾にして責任を取れなどと分不相応なことを言ってくるでしょう。まったく、ご寵愛を受けることができただけでも感謝するべきなのに、なんて図々しい」
動けない勇人の体を撫でながら、ディーラは言葉を続けた。
「わたくしは勇者様がいればそれでいいのです。小さな家で、静かに暮らしましょう。わたくしのお腹に宿る子も、勇者様と一緒に暮らしたいと望んでいますわ」
「……妊娠しているのか?」
「はい。驚かせてしまうと思ったので、ご報告していませんでしたが。そうそう、お母様、リンド、レベッカ、ブレンダも妊娠していますわ。まったく、勇者様に相応しくない女たちにまでお情けを与えるなんて、お優しいにもほどがありますわ」
「待って、みんなも妊娠しているの?」
「ええ、でも気にすることはありませんわ。お母様は泣いてばかりいますし、リンドは大暴れ、レベッカはなぜか自殺しようとしましたし、ブレンダも消沈しています。普通は、勇者様の子を孕むことができたのですから、もっと喜んでもいいはずなのですが、豚の考えはよくわかりません」
「ディーラ! もっとちゃんと話を、みんなの話を」
無責任に女性に手を出し続けた勇人だが、ディーラをはじめ妊娠した女性たちの話に慌てる。
詳細を聞きたいと声をあげるも、返事はなかった。
「ディーラ?」
再び、王女の名を呼ぶが反応がない。
代わりに、どさり、と人が倒れたような音が聞こえた。
「ディーラ! おい! ディーラ!」
なにがあったのかわからない勇人だが、身動きできないため確認することもできない。
必死にもがいてみるが、どうやら自分を拘束しているのは、ただの縄ではないらしくびくともしない。
「おうおう、お前が勇者様かよ。ったく、俺への御供物だと言わんばかりに拘束されているじゃねえか」
「だ、誰だ!」
突然、見知らぬ男の声が響き、勇人が怯える。
男は無遠慮に手を伸ばすと、少年の目元を覆うベルトを力任せに外してしまった。
「おいおいっ、魅了の魔眼は片目だけじゃねえか。こりゃ、食うか保管するか悩むな。あー、だが、魅了の魔眼は複数個持っているし、だけど、異世界人の魔眼なんて珍しいからな、悩むな」
「お、おい、お前は誰だ!」
まったく見覚えのない男に勇人が怒鳴るが、男は無視して腕を組む。
「……仕方がねえ。食うか」
「――え?」
なんのことだ、と勇人が瞬きをすると同時に、男の手が伸びた。
力強く勇人の頭を掴むと、
「じゃあ、まあ、いただきます」
大きく口を開けて、近づいてくる。
「――ひ」
男が、なにを食べようとしているのか、勇人は気づいてしまった。
「ま、待って、やめて、ディーラ! ディーラ! 誰か、誰か助け――」
男の歯が、少年の左目を抉った。
刹那、勇人の絶叫が木霊したのだった。
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