49「試合の後」②




「お待ちください、お父様! つまり、ヴァイク陛下は、サムを利用しようとしたのですか!?」


 リーゼの叫びにジョナサンが肯定するように頷いた。

 ヴァイク国王は、サムに複数婚約者がいることや、竜と戦える実力を持っていることを把握していた。

 そんなサムならば、と思ったらしい。

 さらに、サムの婚約者たちは誰もが見目麗しい。女癖の悪い勇人が手を出すことを確信し、揉めるきっかけになることを予想していたのだ。

 その上で、スカイ王国最強のサムとぶつけさせて、敗北させる。あわよくば、殺害してもらおうと考えていたらしい。

 しかし、勇人の行動はヴァイク国王の想定外のものだったようだ。

 ここまで愚かな言動をするとはさすがに予想していなかったらしい。


 ヴァイクの告白に、クライドが激怒したのは言うまでもない。

 一国の王として、ヴァイクが勇人を扱いかねていたことは理解できるが、だからといって娘たちに手を出され、甥であり義息となるサムを利用されたのだ。

 ヴァイクも、無論、責められることは承知の上だった。最悪、首を差し出す覚悟もあったらしい。そうまでしてでも、勇人をこれ以上好きにはさせないと言う苦渋の決断だったようだ。


 だが、そんなことを言われて、はいそうですか、と納得できるはずもない。

 とくに、サムは自分が利用されたことはさておき、勇人に婚約者たちが手を出されることを想定していたヴァイクに怒りを抱いた。


「……サムよ、気持ちはわかるが短慮な真似はするな。ヴァイク陛下へはクライド陛下が責任を追及する。すまないが、堪えてくれ」

「わかっています」


 サムはジョナサンに素直に頷いた。

 ジョナサンだって、娘が勇人に魅了されて弄ばれていた可能性があったのだ。

 ヴァイク国王に対して、思うことはあるだろう。


「ヴァイク国王から、サムに会って謝罪したいという申し出があるが」

「お断りします。会ったら、なにをするか自分でもわかりません」

「だろうな。断っておこう」

「お願いします」


 すでに、オークニー王国から、スカイ王家、ウォーカー伯爵家、紫伯爵家、雨宮伯爵家、そしてサム個人に賠償金が支払われることとなっている。

 だが、金をもらったからと言って、なかったことにはできない。


 ヴァイク国王も、好き勝手やっている葉山勇人をなんとかしたかったのだろうが、ならば「助けてくれ」と言ってくればいいのだ。

 こんな成り行き任せのことはやめてもらいたい。いい迷惑だった。


 ただ、すべては葉山勇人が悪い。

 魅了を望んで持っていたわけではないが、その力の使い方を間違えたのは言うまでもない。

 何人もの女性が不幸になり、家庭を壊しもした。

 勇人が愚かな行いさえしなければ、ヴァイクもサムを無理やり巻き込むことはしなかっただろう。

 許せはしないが、ヴァイクだけを悪いとするつもりはなかった。


「もう、オークニー王国なんてどうでもいいです。とっとと帰ってくれ」


 それが嘘偽りないサムの本心だった。


「……あの、お父様」


 アリシアが恐る恐る手を上げる。


「第一王妃様をはじめ、多くの女性があの男性に魅了されていたのはわかりましたが、ディーラ王女様はどうなさったのでしょうか?」


 娘の質問に、ジョナサンは困った顔をした。

 そして、ぽつり、ぽつりと話し始める。

 現在、葉山勇人は王宮の医務室に厳重に捕らえられていた。

 勇人は傷こそ癒えたものの、魅了していた少女たちから向けられた憎悪のこもった目が忘れられないらしく、うなされている。

 そんな彼の傍にいるのが、ディーラ・オークニー王女だった。


「……もしかして」

「そうだ。ディーラ王女殿下は魅了にかかっていなかった」


 ディーラは、勇人を心から愛していたゆえに、魅了に掛からなかった。

 ならばなぜ、勇人を止めなかった、好き勝手にさせた、という父王の叱責に、彼女は「愛する勇者様のお望みのままに」と微笑んだのだ。

 ヴァイク国王は娘が正気ではないと嘆いたらしい。

 よくよく話を聞けば、ディーラは勇人が女性を魅了するのを手伝っていたようだ。

 勇人は洗脳しているゆえに手伝っていたと思っていたのかもしれないが、彼女は愛する人が喜ぶならなんだってするという気持ちで力を貸していたそうだ。

 その結果が、これである。


「――うわぁ」


 話を聞いた誰もが引いていた。

 ――間違いなくディーラは病んでいる。

 サムでさえ、怒りを忘れて引いてしまった。


「そういえば、伝えるべきか悩んだが、魅了されていた女性たちにも問題があった」

「問題? まあ、弄ばれていたんですから心への傷は想像もできませんが」

「そうではないのだよ、サム。心だけではなく、体にも問題があったのだ」

「……体の問題って、まさか」

「彼女たちの大半が妊娠していた」

「はぁああああああああああああああああ!?」


 魅了されていた女性たちの健康チェックをしたところ、ほぼ全員が妊娠していたと言う。

 さらに困ったことに、第一王妃までがお腹に子供を宿していた。

 これでは、オークニー王国に戻ったら、何人妊婦がいるのかわかったものではない。


「葉山勇人は死ぬほど恨まれているんでしょうねぇ」


 おそらくオークニー王国にいる女性たちも魅了が解けているはずだ。

 間違いなく混乱しているだろう。

 恋人、婚約者、夫がいた女性などからすれば、魅了されたとはいえ愛する人を捨てて愛してもいない男の恋人として過ごした挙句、子供までできていた――など、地獄もいいところだ。

 勇人の女性を奪われた男性たちだって、いくら魅了されていたからだと説明されても再び女性たちを受けいれることは難しいだろう。

 なんせ、魅了は完璧ではなく、跳ね返すことができるのだ。

 その事実がある限り、男性側からすれば、「愛されていなかった」と思うかもしれない。

 人も気持ちの強さは目に見えないからこそ、難しい問題だ。

 だが、サムには関係ない。

 勇人に弄ばれた女性のケアは、オークニー王国が責任を持ってすべきことなのだから。


「魅了が解けたことを知った葉山勇人は、オークニー王国に帰りたくないと喚いている。スカイ王国に亡命させてくれとも言ったが、あのような人格に問題がある人間など、いらんだろう」

「でしょうね」


 勇人の扱いは、とりあえず国の奴隷にすることが決まりそうのようだ。

 一応は、大陸最強を名乗ることのできた実力者だ。

 もう好き勝手させることはなく、衣食住を保証する代わりに使い潰すという結論が出ているそうだ。

 それでも、まだ死刑の望む人間たちは諦めていないようだが。

 最終的に、被害にあった女性たちの数と、声を考慮するようだが、まあ、勝手にやってくれと言う感じだ。


「伝えるべきことはこのくらいだ。オークニー王国とは、今後付き合いを最小限にすることとなっている。向こうは、スカイ王国から食糧を輸入しているので、まあ、困るだろうが、このくらいはしないと示しがつかない」


 ヴァイク国王も、葉山勇人を好きにさせてしまったことと、サムたちを巻き込みスカイ王国に多大な迷惑をかけた責任を取るということで、引退することを決めたらしい。

 サムとしては、ヴァイク国王がどれだけ責任をとろうと許せないのはかわらないで、好きにすればいいとしか思わない。

 ただ、もうひとりの異世界人、霧島薫子がこれからどうするのか、それだけが少し気になった。




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