37「元最強対元最強です」
デライト・シナトラは、試合用に設置されたリングの上で、ひとり感傷に浸っていた。
(かつて、この場所で俺は陛下の前にもかかわらずアルバートに無様に負けちまった。一度はくそったれまで落ちぶれたが、人生は不思議なもんだ。ウルの弟子のサムが現れ、俺は立ち直れた。再び高みを目指すことができた。フランにも迷惑をかけちまったが、これからだ。俺はまだこれからだ。フラン、サム、見ていてくれ)
かつて最強の座にいた男が、再び宮廷魔法使いとなって交流試合に立ったことは、観衆からも注目されていた。
喧騒を無視してデライトは、おもむろに貴賓席を見た。
クライドもデライトを見ていたようで、目が合った。
デライトは、静かに膝を着き、深々と礼をする。
二度と、恥をさらさないと、この場で誓ったのだ。
立ち上がったデライトは、リングの上に上がってきた対戦相手を見据えた。
「私は、アレクサンドラ・ドーと申します。お初にお目にかかります、デライト・シナトラ殿。あなたのかつてのご高名はオークニー王国まで届いていました。無論、最強の座を奪われ、落ちぶれたことも」
安い挑発だった。かつてのデライトならば、ムキになって激昂していたのかもしれないが、今の彼はそんなことをしなかった。
事実は事実として、恥ずべき過去もすべて受け入れていた。
「そりゃはずかしいねぇ。お前さんだって、異世界人のガキに最強の座を奪われているじゃねえか」
挑発に乗らなかったデライトに対し、アレクサンドラは挑発を受け、顔を醜く歪めた。
「――彼の強さを知らないから、そんなことが言えるんですよ! 彼は、私から最強の座を奪っただけでは飽きたらず、妻と娘も奪って行きました。彼は敗者を徹底的に甚振るのです。あなたの弟子のサミュエル・シャイトがどれだけ強いのか知りませんが、葉山勇人には勝てない」
「なんというか、そこまでされたのなら少しくらいやり返そうとか思わないのかねぇ」
「そんな気がおきないほどの実力を見せつけられたのですよ。それに、金遣いの荒い妻と、わがままな娘が弄ばれようと、私の知ったことではない。奪われたのは癪ですが、せいせいしたところです」
「おっと、お前さんも大概だな。ま、いいさ。俺はただ、勝利を陛下に捧げるだけだ。お前さんたちのくだらねえ事情なんてどうでもいいんだよ。んじゃ、さっさとかかってきな」
試合前の舌戦は引き分けだろう。
デライトも挑発をこれ以上繰り返すつもりはなかった。
「いいでしょう。――審判、はじめてください」
試合の審判を務めるのは、スカイ王国王立魔法軍隊長リュード・オルセルフだった。
奇しくも、かつてデライトとサムがアルバートと戦った両方の試合の審判を務めた人物である。
「いいか、デライト?」
「いつでもどうぞ」
「ならば始めよう! スカイ王国とオークニー王国の交流試合をこれにて開始する! 第一試合、はじめ!」
リュードの宣言が響き、試合が始まった。
デライトとアレクサンドラの両者は同時に動いた。
「――アースランス!」
「――獄炎」
アレクサンドラが十を超える鋭い石の槍を撃つ。
唸りを上げて迫りくる攻撃に、デライトは静かに右手を掲げ炎を放った。
火属性魔法は、デライトが得意とする魔法であり、愛弟子ウルに引き継がれたものだ。
火力が足りないと思われていた彼の一撃は、かつてのデライトの魔法ではなかった。
「――な」
デライトの魔法は凄まじい威力だった。
今までは、火炎を自在に操ることを得としていた彼の火属性魔法が、爆炎にまで威力が引き上げられていたのだ。
魔法の込められた魔力も、元最強の名にふさわしい濃厚なものだ。
爆炎はまるで地を這う大蛇のごとく、リングの上をうねり、石の槍を灰にしてしまった。
爆炎はそのまま、唖然としていたアレクサンドラを飲み込み、火柱となる。
刹那、ギュンターが、念入りに張った結界に複数の亀裂を入れた。
それほどの威力だったのだ。
「――ま、こんなもんか」
爆炎が収まると、そこには全身を焼かれたアレクサンドラが立ったまま気絶していた。
かろうじて死んではいないようだが、相当ダメージは酷いことが誰にでもわかった。
デライトは、右腕に残った炎を「ふっ」と吹き消すと、満足そうな顔をして、再び国王陛下に向かい膝を着いた。
「――勝者、デライト・シナトラっ!」
高々と勝者として彼の名前が呼ばれた刹那、観衆が沸き上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます