13「異世界人葉山勇人の場合」
葉山勇人は、日本に暮らす平凡な高校生だった。
親しい友人もおらず、両親とも最低限の会話しかしない。思春期真っ盛りの妹は、理由なく兄を毛嫌いしていて、そんな妹を勇人も嫌いだった。
家では動画サイトを眺めているか、スマホゲームをするだけ。学校でも、居眠りをしているか、ライトノベルか漫画を読むくらいしかしない。
そんな日々にうんざりしている自分に気付いているが、変えようとは思わない。どうせ頑張ったところで、こんな日常が変わるわけがないとわかっているのだ。
いつか、愛読している漫画やライトノベルのように、ある日突然異世界へ召喚されて、世界を救うために大冒険をしたい――なんてことを考えながら、退屈な日々を過ごしていた。
だが、そんな勇人に、本人が予想していなかった事態が起こる。
学校からの帰宅途中、まばゆい光に包まれてしまったのだ。
思わず目を瞑ってしまった勇人が、恐る恐る目を開けると、そこには見たことのない美少女がいた。
あたりを見渡すと、まるで中世の城内のようだった。
――まさか、と勇人が困惑と期待を込めて唾を飲み込むと、少女が瞳をうるませて口を開いた。
「ようこそおいでくださいました、勇者様!」
この瞬間、勇人はすべてを悟った。
自分は、主人公になったのだ。
異世界に勇者召喚されて、これから自分だけの物語が始まるのだと、胸が期待に膨らんだ。
勇人は自分を召喚したオークニー王国第三王女から、様々な話を聞いた。
勇人は勇者召喚で呼び出されたが、勇者ではない。
残念ながら、この世界では、生まれ持つ称号やステータス確認がないそうだ。勇者とはのちに功績が認められたものに与えられる後天的な称号らしい。
ただし、勇者召喚で呼ばれた以上、勇者になり得る資質を秘めているということのようだ。
テンプレな展開が待っていなかったことを残念に思うが、そんな暗い気持ちはすぐに消えた。
勇人の才能は凄まじかった。
まず、魔力量が高い。召喚されたオークニー王国で最強を誇る魔法使いよりも、魔力量だけなら上だったのだ。
そして、魔法を使う才能と、剣術の才能にも恵まれていた。
まるで体が最初から知っていたかのように、魔法を自由自在に操り、剣を振るうことができたのだ。
気づけば、手合わせとはいえ王国最強の魔法使いを倒し、その座を手に入れた。
勇人の快進撃は続く。
オークニー王国を長年悩ませ、勇者召喚に至らせるきっかけとなったモンスターの大群を、勇人は一掃することに成功したのだ。
無論、勇人ひとりだけの活躍ではなく、魔法使い、騎士、宮廷魔法使い、教会勢力の支援など国が一丸となって行われたのだ。
しかし、最も活躍したのが勇人だった。
元大国最強でも倒せなかったモンスターの強い個体を単身撃破し、モンスターを無尽蔵に生み出していたダンジョン内部に入り込み、核を破壊することに成功したのだ。
これにより、あとはモンスターだけを倒せばいいい。
そして、多くの人たちの力が集まった結果、無事にモンスターの脅威は去ったのだ。
この戦いで大いに活躍した勇人は、王国最強の魔法使いという名だけでは飽き足らず、オークニー王国の勇者と呼ばれるようになった。
周囲からの称賛の声を浴び、日本では味わえなかった充実感を得たのだ。
――しかし、人間の欲望に終わりはない。
勇人は、もっと周囲から称賛されたかった。認められて、求められたいと強く思うようになった。同時に、自分がどれくらい強いのかも知りたかった。
強ければ強いほど、誰もが声を揃えて自分を称賛するだろうと考えたのだ。
勇人は王女に、自分の力がこの世界でどこまで通用するのか試したいと頼んだ。
不思議となんでも願いを聞いてくれる王女は勇人の訴えを快諾し、他国の宮廷魔法使い、騎士、高明な冒険者と戦う機会を用意してくれた。
戦いは楽ではなかったが、すべて勝利した。気づけば、大陸最強の称号を得ていたのだ。
――快感だった。
日本には、いや地球には存在していなかった剣と魔法の存在。
モンスターや強者と戦う瞬間は、生きていると実感させてくれる。
人の命を奪うことだって、抵抗はなかった。
殺さなければ殺される。そんな世界に身を置いたのだ、泣き言などいうつもりはない。
力を満たし、多くの人々に認められた勇人は次を求めた。
気が大きくなったおかげか、以前は話せなかった女性たちと胸を張って会話ができるようになったのだ。
自分に自信がある証拠だった。
また、女性たちが自分に媚びているのが心地いい。
自信をつけた勇人は、以前から好意を抱いていた王女に告白し、身も心も結ばれた。
しかし、幸福感に浸ることができたのは一瞬だった。
勇人は次を求めてしまったのだ。
女性の素晴らしさを知った勇人は、次々女性に手を出していく。
婚約者のいる気高い女騎士も、公爵家の令嬢も、妖艶な人妻も、勇人と目を合わせると擦り込まれたように好意を示し、無防備に受け入れてくれた。
それが続き、気付いた。
――自分には魅了の魔眼があるのだろう、と。
まるでハーレム漫画の主人公のようだと笑いながら、今までと違い意図して魅了を使うようになった。
一度、使い方を覚えれば、これほど簡単なものはない。なんせ目を合わせるだけ女性が自分のものになるのだ。
勇人は手当たり次第に気に入った女性に手を出していった。
無論、このような爛れた生活に苦言する人間もいた。
だが、女性なら魅了してしまい、男なら無視をすることで、好き勝手にやっていく。どうせ文句を言う男など、自分を僻んでいるだけだと、優越感が満たされた。
最終的には、王妃にも手を出し、一国の王になった気分に浸れた。
異世界人葉山勇人は嗤う。
「この世界は僕のものだ。僕が主人公で、僕のために用意された世界なんだ!」
調子の乗り過ぎた少年は、自分の都合のいいほうにしか考えることができなくなった。
そして勇人の欲望は国の外にも向かう。
他国の王女、貴族、名のある女性を自分のものにしたいという欲求が強くなってしまった。
「スカイ王国の王女は雪のように白く綺麗だと聞いたんだけど……会うのが楽しみだなぁ。どう遊んでやろうかな」
もう彼は、召喚されたときの少年ではなくなっていた。
欲に塗れた俗物となっていたのだった。
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