60「ハリエット様とお会いしました」①




 クライドとの面談を終えたサムは、自分に会いたがっている人間がふたりいることを聞かされ、その内のひとりと会うべくメイドに案内されてひとつの部屋を訪れた。

 ノックをすると、短く返事があったので、ゆっくり扉を開けた。


「はじめまして、サミュエル・シャイトです」

「お初にお目にかかります。ハリエットと申します。もうラインバッハではありませんので、名前だけしか名乗らないことをお許しください」


 はじめて顔を見るハリエットは、髪色こそ亜麻色だが、どこか母メラニーの面影がある女性だった。

 優しそうな、だが、気の弱そうな、そんな一面があるような印象を受ける。


(それにしても、不遇な扱いをした元妻の面影を愛人に求めるとか、意味わからないな。それなら、もっと愛情を注げば――無理か。きっとあの男も自分が愛されていないくらいはわかっていたのかも知れないな。どうでもいいけど)


「お気になさらないでください」

「どうぞ、お借りしているお部屋ですが、お茶くらいはお出しできますので」

「ありがとうございます」

「そちらのお椅子にてお待ちください」


 ハリエットと、ここにはいないハリーは、王宮で保護されていた。

 なにかから守ると意味ではなく、いく当てがない親子に当分の間住まう場所を貸し与えているのだ。

 紅茶を自ら用意してくれたハリエットが、椅子に座るサムの前にティーカップを置き、自らも対面するように腰を下ろした。


「俺にお話があると聞きましたが」

「お礼を言いたかったのです」

「お礼ですか? あなたになにかした覚えはありませんが?」


 心当たりがないサムにハリエットは深々と頭を下げた。


「――マニオン・ラインバッハを殺してくださり、どうもありがとうございました」

「別に、俺が殺したわけではありませんよ。勝手に自滅しただけです」

「それでも感謝しています。あの忌々しい子供は、何度もハリーを殺そうとしました。私も、ヨランダに命を狙われました。いい気味です」

「でしょうね。気持ちはわかります」


 親子揃って命を何度も狙われたのだ、マニオンとヨランダの破滅に安心しているだろう。

 ざまあみろ、と思う気持ちだってわかる。

 マニオンは両親からまともに愛されず、甘やかされただけの、ある意味哀れな子だったが、そんなことはハリエットたちには関係ない。

 自分の地位を脅かされると恐れ、かつてサムにしたように稽古と称して殺そうとしたのだ。

 結果、返り討ちにあっているのが実に情けないが、それはただハリーの実力が優れていたことと、とてもじゃないがマニオンがまともに剣を振れないほど怠惰な体になっていたせいだった。

 しかし、命を奪おうという明確な殺意をマニオンが持っていたのは変わらない。

 ハリエットからすれば、愛する息子を殺されかけたマニオンは憎しみの対象でしかないのだろう。


「ヨランダは死刑になりますか?」

「残念ですが。死ぬまで労働刑です」

「いいえ、よかったです。どうせあの女は自分がしたことを反省などしていないでしょう。一生、喚きながら死ぬまで苦しめばいいのです」


 ハリエットの意見にはサムも同感だった。

 息子の死を嘆かず、自分は悪くないと、立場が悪くなった途端喚くような人間を、簡単に楽にしてはいけない。

 ヨランダが送られる労働場所は、カリウス同様、スカイ王国で一番過酷な場所だ。

 囚人たちも凶悪犯ばかりの環境もなにもかも最悪な場所だ。

 そこで死んだ方が楽だったと思いたくなる恐ろしい労働が待っているのだ。


「すでにサミュエル様はお聞きしていると思いますが、ハリーはラインバッハ男爵家の血を引いていません」

「はい。聞いています。カリウス・ラインバッハが、あなたと恋人の仲を引き裂き掠奪したとも」


 ハリエットは、過去を思い出したのか、顔を歪め頷いた。



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