38「驚きました」③
「サム?」
「あ、すみません、つい反射的に! そ、そんなことがあるなんて! まさに晴天の霹靂です! ああ、目眩が」
「そういうのはよい。……まったく」
真偽はさておき、本当ならばこれほど嬉しいことはないだろう。
あの男の血が一滴も自分の中に混ざっていないのであれば、実に喜ばしい。
つまり、顔も覚えていない弟とも、赤の他人だと言うことだ。
「わざわざ会いにきてくださった祖父、いいえ、先代コフィ子爵には申し訳ありませんが、あの家と無関係だったことに感謝します」
「――まあ、そう言うだろうと思っていた」
ジョナサンが嘆息混じりで苦笑する。
リーゼをはじめとした婚約者たちも、サムの反応を予想していたようで苦笑いだ。
サムとしては、散々自分のことを冷遇していたあの家とは、もともと他人のようなものだったが、完全に他人とわかってせいせい。する
むしろ、赤の他人だと判明して悲しむ要素がない。
驚きはしたが、これは間違いなく朗報だ。
「サムの境遇を考えると、仕方がないのよね」
「だけど、もう少し驚くべき」
「意外と淡白なのかな? 僕たちはかなり驚いたんだけどなぁ」
「……わたくしだったら、ショックで寝込んでしまいますわ」
婚約者の感想を耳にしながら、サムの心はかつてない開放感に包まれていた。
だが、サムにとって、誰が父親だろうと、母親だろうと、大した問題ではなかった。
「母親が誰だろうと、父親が誰だろうと、俺は俺です。ウルと出会い、魔法を学び、今はリーゼ様たちと家族になることができました。それだけで十分すぎます。俺は、今のままで幸せなんです」
――現状に満足している。
それが、サムの偽りのない本心だった。
「あの、サム様。できれば、せめてお母様にはお会いしてほしいのですわ」
「そうですね。一度、会った方がいいかもしれませんね」
改めて、母親と会うことを願ってくるアリシアにサムは笑顔で頷く。
父親が誰だとか今更知りたいとは思わないが、はっきりとラインバッハと関係ないことをサム自身が確認したいと言う気持ちもある。
「――よかったですわ。サム様が素っ気なかったので、もしかしたらお母様のことをよく思っていないのではないかと心配していました」
心優しいアリシアにとって、サムの母への態度は少し不安だったらしい。
「そんなことありませんよ。でも、悪く思っていないですが、なんというか、どういう感情を母に向ければわからないんです」
「そう、ですか。わたくしとしては、サム様がお母様と良い関係を築くことができれば、と願っていますわ」
「努力します」
サムの言葉に、アリシアは満足気味に微笑んでくれた。
「そういえば、まだサムのお父上の話をしていなかったね」
「水樹様? 俺の父親のこともわかっているんですか?」
「うん。お母上殿に話を聞いたからね。サムのお父上は冒険者だよ。驚くべきことに、サムのお父上も剣がまるで使えなかったらしいんだ」
「……遺伝ですか、これ」
むしろ、子々孫々にかかった呪いではないかと思いたくなる。
(まさかとは思うけど、生まれてくる子に、このある意味才能な剣が使えないことが継承されないよね?)
呪いだか、遺伝だかわからないが、勘弁してほしい。
とくにリーゼは我が子に剣を教えることを楽しみにしているので、剣が使えないとなると残念だ。
もちろん、どこかの男爵家のように冷遇するつもりなんてさらさらないが、もし自分からの遺伝で子供が剣を使えないとなるとリーゼに申し訳なくなる。
「そうそう、名前は確かね、チャールズ・ハワードと言うんだよ」
「――んんん?」
サムは、思わず耳を疑った。
チャールズ・ハワードの名は、少し前に聞いたばかりだ。
まさか、王弟の偽名と父親の名が同じなんて、そんな偶然があるのかと感心する。
「サム? どうかしたの? もしかして、心当たりがあるとか?」
リーゼの質問に、サムは苦笑して「いいえ」と首を振る。
「あはははは、ちょっと驚いたんです。こんな偶然があるんだなって」
「偶然? なにかしら?」
「実は、国王様の亡き王弟様が冒険者をしていた頃、名乗っていた名前がチャールズ・ハワードと言うらしいんですよ」
笑うサムに対して、みんなが沈黙した。
「あれ? あの?」
沈黙が痛い。
「いや、まさか、まさかなぁ! そんなことがあるわけがない! うん、そうに違いない!」
「そうです。そんな偶然がそうそうあってたまりますか!」
ジョナサンが作り笑いでなぜか大きな声を出し、リーゼが同意する。
「ありえない。それはさすがにできすぎ」
「だよね。うん、僕もそう思うよ」
花蓮と水樹も、乾いた笑い声を出す。
「えっと、まさか王弟様が俺の父親とかそんな勘違いしちゃってますか? そんなわけありませんって。そんなことになったら、大事件じゃないですか。あはははは……いや、沈黙しないで笑ってくださいよ。ねえ、嘘でしょう!?」
サムが、婚約者たちがなにを考えているのか察し、笑い飛ばそうとするも、一同から返ってきたのは再び沈黙だった。
「…………あの」
長い沈黙が続く中、恐る恐るアリシアが口を開いた。
「一応、確認をしておいたほうがいいのではありませんか?」
躊躇い気味にされた提案に、サムをはじめ全員が汗を浮かべて頷くのだった。
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