37「驚きました」②
ジョナサンの言葉は、サムを驚かすには十分だった。
「ちょ、待ってください! 俺の母はもう何年も前に亡くなっているんですよ!」
「サム、落ち着いてちょうだい。そのメラニー様と私たちが今日お会いしたの」
リーゼの言葉に、アリシア、花蓮、水樹が頷いた。
「リーゼ様たちがですか? 嘘だぁ」
「信じられないのはわかるけど、本当よ。お話をさせていただいたけど、サムのお母様で間違いないと思うわ」
リーゼたちは、サムに今日の出来事を伝えた。
偶然だが、ウォーカー伯爵家の前にいたメラニーと出会いサムの母だと知った。
死んだはずの彼女は、かつて自殺を試みたが未遂で終わった。しかし、その代償は大きく記憶を失ってしまったこと。
そんな彼女を助けたのが、現在の夫ティーリング子爵であり、子爵との間には娘がひとりいるという。
記憶も最近思い出したばかり。過去に自分のした短慮なことを恥じており、サムに合わす顔がないと会えずにいたが、息子の話を聞くようになり我慢できなくなったということだった。
「そんなことがあるんですねぇ」
「……サム様? それだけなのですか?」
母の境遇に素直に驚いているサムに、アリシアが困惑気味に問いかけてきた。
「アリシア様?」
「その、お母様が生きておられたのですから、もっと驚くなりすると思っていました。もっと」
「いや、その実感がないといいますか、顔もはっきり覚えていないのでどう反応していいものかという感じなんです。気を悪くさせてしまったのであれば、申し訳ございません」
「い、いえ! そうではないのです。ですが、少しだけ、メラニー様が、その」
アリシアは言葉の続きを口にすることはしなかったが、サムには彼女の言いたいことがなんとなくわかった。
サムの態度があまりにも素っ気なかったのだろう。
きっと、母の生存に喜んだり、会いたいと願ったりするのではないかと思っていたのだ。
メラニーとアリシアたちがどのような話をしたのかわからないが、おそらく彼女は淡白なサムの反応を見て、母がかわいそうだと思ってくれたのだろう。
(優しいアリシア様らしいけど、きっと以前のサムも同じような反応だったと思うかな。いや、俺はさておき、彼ならもっと怒ったりしていたかもしれないな)
自殺未遂を起こした経緯はわかった。
あのヨランダならやりそうなことだ、とむしろ納得できる。
父親の対応も、とてもじゃないが自分から望んで妻にした人に対するものではない。
だが、あの家の人間に常識を求めるつもりは今更ない。
メラニーが苦労したのはわかったが、それでも母親と認識することは難しかった。
前のサムなら、あの家に置いていったことを恨んだかもしれないが、今のサムは、そういう感情を抱くことはしなかった。
むしろ、亡くなったと思った母が生きていたのはいいことだと思える。
不遇な結婚をし、心を病んで自殺未遂をしてしまったというメラニーだからこそ、今が幸せならそれでいいではないかと考える。
家庭を築き、愛する夫と娘がいることは素直に喜ばしい。
できることなら、その幸せを邪魔したくない。
「今の母が幸せなら、それでいいと思っています。聞けば、苦労していたのですから、それ以上に幸せになってほしい。息子として、そう願います」
それ以上、言うべきことはなかった。
せっかく新しい家族がいるのだから、サムが関わってもいいことはないだろう。
もし自分のせいで、母の今の家庭に不和が生まれてしまっても困るのだ。
「待ちなさい、サム。まだ話は終わらないのだよ」
「――え? まだ、なにかあるんですか?」
(母が生きていたってだけで結構事件なのに、まだなにかあるんだ? 母にまつわること? それともラインバッハのことかな?)
首を傾げるサムに向けて、ジョナサンが難しい顔をする。
気がつけば、彼だけではなく、リーゼたちみんなが悩ましげな表情を浮かべていた。
少なくとも、母が生きていたという朗報とは別のことのようだ。
「メラニー殿は、とんでもない事実を教えてくださった。サム、お前の出自についてだ」
「出自? まさか、その辺で拾ったとかですか?」
「そうではないのだが、いや、それに近いというか、なんというか、言葉に困るな」
「え? 本当にその辺で拾われたんですか?」
「そうではなくてな、そのなんだ、サムは――ラインバッハの血を引いていないのだよ」
「んんん?」
よくわからなかった。
言葉が遠ましだったのかと思ったジョナサンが、改めて告げる。
「――つまり、カリウス・ラインバッハはサムの父親ではないのだ」
「やったー!」
反射的にサムは両手を上げてしまった。
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