36「驚きました」①
「ただいま帰りました」
王宮にクライドとステラを送り届けたサムが帰宅すると、なにやら玄関にずらりと家族と婚約者たちが勢揃いしていた。
「み、皆さんお揃いで」
「――サム!」
「リーゼ様、これはいったい? 花蓮様、水樹様、アリシア様まで。あ、旦那様と奥様も勢揃いで……もしかしてどこかにお出かけですか?」
ウォーカー伯爵家と婚約者たちは家族同然の良好な関係を築いている。
揃って食事に行くことだって、今まで何度かあった。
(今日、なにか予定が入っていたっけ?)
みんなが勢揃いして出かける用事は、すくなくともサムに覚えがない。
自分が忘れているだけか、急遽決まったものなのか。
そんなことをのんびり考えていると、
「あなたを待っていたのよ!」
緊張気味のリーゼが、自分が代表して教えてくれた。
「俺をですか? それはまたどうして?」
(――なにかしたっけ? してないよね? うん、怒られるようなことはなにもしてないぞ!)
最近はギュンターとクリーの騒動などあったが、それ以外は比較的大人しくしていたので、責められるような心当たりはまるでない。
ただ、なんだろうか、このみんなに漂うピリリとした緊張感は。
こちらまで緊張してきた。
「サム、少し話をしよう。そうだな、人数も多いので食堂でゆっくりと話そう」
「はぁ」
なぜか胃のあたりを抑えたジョナサンが、穏やかな笑みを浮かべようとして失敗し、どこか引きつった顔をしているのが印象的だった。
(あれー? やっぱりなにかしちゃったのかな?)
食堂に向かうジョナサンの後をサムが続くと、まるで逃げ出さないように婚約者が周囲を囲む。
まるで囚人が移送されている気分になった。
食堂に移動したサムたち。それぞれいつも通りの席に着くと、メイドが冷たいお茶を入れてくれる。
喉が乾いていたサムが嬉しそうにお茶を飲み喉を潤していると、ジョナサンが神妙な顔つきで話し始めた。
「さて、どこから話そうか……実を言うと、私も先ほどリーゼたちから聞かされたばかりで驚きを隠せずにいるのだよ」
「えっと、はい」
「お父様、サムが困っています。まず、伝えるべきことを伝えなければ」
「そ、そうだったな。さむ、君は母上のことを覚えているか?」
ジョナサンの問いかけに、サムは戸惑った。
なぜ、母親のことを今聞くのだろうか、と。
「いえ、あまり。物心着く前に母は亡くなっていましたので。俺には、メイドのダフネが母であり姉でした」
「……そうか。無理もないことだな」
(母親のことなんて、どうして今頃? 亡くなったことは前にも伝えたと思うんだけどなぁ。俺の、以前の記憶でもわずかしか覚えてないし、なんだろう?)
サムの記憶は、前世日本の記憶と、前のサムから受け継いだ記憶のふたつある。
前者はそれなりに思い出すことができるのだが、後者はそうでもない。
そもそも、以前のサムから今のサムに切り替わるまで、サムには思い出らしい思い出もなかった。
もちろん、母親の記憶だってないに等しい。おそらく、母が早くに亡くなったせいだ。
サムの引き継いだ記憶は、気の弱いかつてのサムが決してよいとは言えない境遇の中で過ごしていたことと、そんな日常を耐えることができたのが、ダフネやデリックという血の繋がりこそないが心から家族と呼べる存在がいたからだ。
母メラニーの記憶が皆無というわかではないが、うろ覚えた。そのせいもあって、母を母と思えない。
あくまでもサムにとって、家族とはダフネとデリックをはじめとした、ラインバッハの使用人のみんなだった。
「あの、旦那様、どうして母のことなんて?」
「遠回しにしても意味がないだろう。サムを困惑させても仕方がない、単刀直入に言おう」
「お願いします」
「サムの母親メラニー殿が生きている」
「――はい?」
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