36「三人でデートです?」③
「魔導書は見つかりませんでしたねぇ」
氷菓子を食べ終えたサムが、残念そうにそうこぼした。
書店を何軒か周り、いくつかの魔導書と出会いはしたものの、内容が退屈だった。
書店の店主曰く、魔導書を書くような堅物がおもしろい内容を書くはずがない、とのこと。
実際、大半の魔導書は、魔法に関する内容と、自慢話ばかりである。
前者はさておき、後者はいらない。
「あまり魔導書を買って読む魔法使いはいないのかしら? もっとあるかと思ったのだけど」
リーゼの疑問に答えたのは、二杯目の氷菓子を食べ終えた花蓮だった。
「わたしの家にはたくさん魔導書があったから、買う必要はなかった」
「そういうものなのね。でも、うちにも魔導書はたくさんあるわ。お父様が魔法使いだし、お爺さまも魔法使いだったからかしら」
「へぇ。リーゼ様のお爺様も魔法使いだったんですね」
「ええ。とても優れた方だったそうよ。私には、にこにこしたお優しい方だったけど、父にはとても厳しかったようね」
ウォーカー伯爵家先代当主のことは初耳だった。
だが、代々魔法使いを排出してきた家系だというのはわかる。
ウルをはじめ、ジョナサンも優秀な魔法使いであり、エリカも将来有望な魔法使いである。
「貴族は親が子に教えるか、魔法使いを雇って基礎魔法を学ばせることが多い」
「やっぱりそうなんですね」
「独学で勉強するのは平民」
「なるほど」
「学校でも学べる。魔法が使える子は授業料免除されることがあるから、そうやって魔法を覚える子も少なくない」
花蓮の言葉に、魔法学校なるものを思い出す。
確か、エリカも魔法科がある学校に通っていたはずだ。
サムは、学校に通ったことがない。
ウルという優秀な師匠に実践式に鍛えられたので、わざわざ学校に通う必要がなかった。
言い方は悪くなるが、座学で勉強するよりも、実戦で培った経験のほうがサムにとっては重要だった。
しかし、ことみの場合はそうはいかない。
「学校か……そもそもことみちゃんは家から出られないしなぁ。俺も、初歩魔法は一通り覚えているけど、どうやって教えていいものかわからないんだよね」
「お婆さまに聞いてみる?」
悩むサムに助け舟を出したのは花蓮だった
「え?」
「ん。お婆様はたくさん魔導書を持ってる。わたしが読んだこともないものもたくさんある。もしかしたら、ことみにちょうどいい魔導書があるかも」
「いいんですか?」
サムが問うと「ん」と花蓮が親指を立てた。
「将来有望な魔法使いのためなら大歓迎」
「よろしくお願いします」
「ん。任せてほしい」
「花蓮のおかげで魔導書の問題は解決するかもしれないわね。ありがとう、花蓮」
「気にしなくていい。わたしもあの子にいろいろしてあげたい」
感謝するサムとリーゼ。
花蓮もことみのことを気にかけてくれていたようで、その気遣いが嬉しかった。
気が楽になった三人は、買い物の続きをしようと席を立つ。
「さっき、素敵な剣が飾ってあるお店があったのよね。次はそこに行ってみたいわ」
「あの、そこはせめて靴とか洋服にしませんか?」
「あら、だって本当に素敵な剣だったのよ。サムも見たら気にいるわ」
「そうじゃなくてですね」
洋服などではなく剣に興味を抱くのは、剣士のリーゼらしくもあるが、なんか違うと思ってしまう。
(まぁ、リーゼ様がいいならいいんだけど)
結局、花蓮も武器に興味があったらしく、三人は近くのお店に向かった。
武器屋ではリーゼが長時間長剣と睨めっこすることになる。
どうやら剣はほしいがお値段的に難しいようだ。
しかし、なかなかの業物なので、次いつ巡り合えるかわからない。
葛藤するリーゼを見かねたサムが、デートの記念に買ってあげることにした。
「ありがとう、サム!」
リーゼが抱きつき、頬にキスをしてくれる。
サムは内心、はじめてのプレゼントが長剣なのはいかがなものか、と首を傾げたものの、かわいい婚約者が喜んでくれるならよしとした。
ある意味、リーゼらしい。
(リーゼ様の喜ぶ顔が見れてよかった)
ちなみに、お値段は結構した。
「サム、わたしも」
リーゼが買ってもらえたのなら自分も、と花蓮がおねだりを始める。
彼女が物欲しそうに指を刺すのは、新作コーナーに飾られているナックルガードだ。
これもなかなかなお値段で、リーゼにプレゼントした長剣と変わらない。
どうやら名のある職人が作ったものらしく、一点ものらしい。
「デートしてあげたお礼」
「を、俺が送るんですね。……魔導書の件でお世話になるので、はい、わかりました」
結局、花蓮にもプレゼントを送ることになった。
「わーい」
彼女は表情を変えはしなかったが、唇がいつもよりも緩んでいるように見えたのは気のせいではないと思う。
高価な武器がふたつも売れて、嬉しそうにしている店主に代金を支払うと、デートの邪魔にならないようにアイテムボックスの中にしまう。
お店を出た三人は、そのあとも露店巡りや、ウインドウショッピングを楽しんだ。
途中、洋服店でハンカチが売っているのを目にしたサム。
白い布地に青い薔薇があしらわれたハンカチは、どこかステラを思い出させたので購入した。
明日の手紙に添えて送ろうと決める。
昼前に出かけたサムたちだったが、気づけばもう夕暮れだ。
「そろそろ屋敷に戻りましょうか」
「そうね。――楽しかったわ、サム。また来ましょう」
「もちろんです」
リーゼの笑顔をたくさん見ることができたので、サムは大満足だった。
こんなデートなら、何度でもしたい。
「プレゼントありがと」
「いいんですよ。花蓮様にはお世話になっていますから」
「ん」
花蓮が自分のことをどう思っているかはさておき、彼女が毎日手合わせしてくれるのはありがたい。
剣のリーゼ、徒手空拳の花蓮、ふたりのおかげでサムの技術はまた上がった。
そんなふたりに些細だが、お返しができたと思う。
「さ、じゃあ帰りましょう」
リーゼがサムの手を握った。
その時だった。
「――おや、リーゼじゃないか」
聞き覚えのない男の声が、城下町の喧騒の中に響いた。
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