30「水樹様の疑問です」
その後、日の国にウルと訪れた時の思い出を姉妹に語ったサムは、ことみと再会の約束をして、水樹と一緒に部屋を後にして道場に戻ることとなった。
途中、水樹が足を止めて、サムに頭を下げて感謝の言葉を口にした。
「ありがとう、サム。ことみはとても嬉しそうだったよ」
「いいえ。俺の方こそ楽しい時間でした」
「ことみは普段、あまり人と接することができないから、サムと話ができて喜んでいたよ。それに、将来の目標も決めたようだしね」
「勝手に決めてしまってすみません」
「あ、ううん。それはいいんだ。父上も反対しないはずだよ。ことみにとっても、目標があった方がいいだろうからさ。でも」
「でも、どうしましたか?」
「正直、ことみが剣以外の道を目指しているのも驚いたけど、僕が父上の後継者になることを信じているなんて思わなかったよ」
サムは水樹の実力をすべて把握しているわけではない。
リーゼから伝え聞いた話と、水樹の佇まいから強者であることがわかっているくらいだ。
剣聖の後継者に相応しいのかどうかまで判断できなかった。
しかし、ことみは姉が父親の後継者にふさわしいと信じているし、リーゼも道場で一番の実力者が水樹だと言っていた。
ならばなぜ蔵人は水樹を後継者にせず、他の弟子を後継者候補にしたのか。
(あまり他の家の問題に首を突っ込むのは褒められたことじゃないんだろうけど)
「それだけ水樹様の実力を信じているんですよ」
「そう、かな」
妹との時間を過ごしていたときとは一変して、水樹が暗い顔をする。
「あまり踏み入れるべきではないと思いますが、失礼を承知で聞かせてください」
「……うん」
「蔵人様はなぜ水樹様を後継者にしないのでしょうか? リーゼ様が言うには、弟子の中で一番の実力者は水樹様だと伺っています」
「一応ね、父上に次ぐ実力があることは自負しているよ。自慢とかじゃなくて、実際そうなんだ。手合わせだって、父以外に負けたことがないんだよ。それだけにわからないんだ」
水樹の瞳がわずかに潤んだように見えた。
「どうして父上は、僕を後継者どころか、候補にさえしてくれないんだろう」
蔵人の真意は水樹にもわからないようだ。
なんだかもどかしい。
なぜ後継者に相応しい娘がいるのに、あえて他の人間を選ぼうとするのだろうか。
なにかサムには想像もできない理由があるのかもしれない。
「尋ねたことはあるんだよ。後継者候補が発表された時に、どうしてって」
「お返事はいかがでしたか?」
「僕に剣聖を継ぐ必要はないって。僕の好きなことをしろって言ったんだけど、どうしても納得ができないんだ」
でも、と水樹は続けた。
「僕だって、初めは剣聖の称号を継ぎたかったわけじゃないんだ」
「そうだったんですか? え、でも」
「僕はあくまでも、この雨宮家を継ぎ、雨宮流剣術を教えることができればそれでよかったんだ。でもね、門下生の間で次の剣聖が雨宮家を継ぐんだって噂が流れ始めたんだ」
「蔵人様にお尋ねましたか?」
「もちろんだよ。だけど、そんなことを気にする必要はないって言われちゃったんだ。僕は、剣聖も、家の後継にも選ばれなかったんだってがっかりしたよ」
「心中お察しします」
「だけど、それだけじゃ終わる話じゃなかったみたいなんだ」
水樹は、「サムにもおもしろくない話になるよ」と前置きをして、語った。
「リーゼの元夫のユリアンが、迫ってくるようになった」
「そういえばそんなことをリーゼ様に言っていましたね」
「あの男の言葉の端々から、剣聖とこの家を継ぐなら、僕と結婚するのが一番手っ取り早いって思われているみたいさ」
「……ふざけたことを言いますね」
「本当だよ。なにを根拠にそんな考えに至ったのかわからないけど、ユリアンが妻と別れて僕に迫っているのは事実だよ。僕だって、あの男がリーゼにした仕打ちは知っているし、実力で遥かに劣る男となんて結婚したくないけど、お構いなしさ」
水樹はうんざりした様子で肩を竦める。
彼女の言う通り、確かにおもしろい話ではなかった。
リーゼを不幸にした男が、彼女の友人でもある水樹に言い寄っていることに苛立ちを覚えるし、恥知らずだとも思う。
同時に、なぜ剣聖はそんな水樹の境遇を放置しているのだろうとも疑問だ。
「ごめんね、こんな話をリーゼの婚約者の君にするべきじゃなかったかな」
「いいえ、構いません」
「うん。ならよかった。でも、不思議なんだよね。ユリアンは、剣聖の後継者候補になるだけの実力があるなし以前の問題なんだ」
「どういう意味ですか?」
「はっきり言って、ユリアンは弱いんだよ」
はっきり断言した水樹に、サムはなおさら首を傾げることになる。
(だったらなぜ、そんな男が剣聖の後継者候補なんだ?)
サムの疑問に答えてくれる人間はこの場にいなかった。
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