22「剣聖様にご挨拶にいきます」①
ウォーカー伯爵家で花蓮が生活をするようになって、あっという間に一週間が経った。
感情をあまり表に出さない花蓮ではあるが、意外と社交性はあるようですぐに伯爵家の面々と打ち解けていった。
リーゼは初対面から友好的だったが、それは他の姉妹も同じだった。
アリシアは同性ということもあり、警戒心なく会話していた。
子竜に乗っているアリシアを見た花蓮はさすがに驚いていたようだが、しばらくすると彼女も子竜の背中に乗せてもらえるようになっていた。
エリカとは手合わせをしてから慕われている。
宮廷魔法使い筆頭である木蓮の孫娘として、十分すぎる実力を見せた花蓮をエリカは素直に受け入れ尊敬した。
同時に「サム、あんたも大変ね」と、どこか憂いを帯びた目で見られたのが釈然としない。
ジョナサンとグレイスも客人としてではなく、娘と同じサムの婚約者として我が子のように扱っている。
ウォーカー伯爵家のみんなはやはりいい人たちばかりだ。
これが他の家ならば、花蓮をリーゼのライバルとして敵視する可能性だってあるが、ウォーカー伯爵家ではそんな雰囲気は微塵もなかった。
そんな生活を送っていると、ギュンターが現れ「僕も平等に扱うべきだ!」と抗議し、王宮からステラが「わたくしもそちらで生活したいです……が、ご迷惑をおかけしたくないので我慢します」という旨の手紙を送ってきてもいる。
聞けば、王女ステラは勉強こそ続けているが、量を減らし部屋から出るようになったという。
両親と積極的に会うようにして、今まで我慢していた家族の時間を大事にしているようだ。
サムの日常はあまり変化はなかった。
リーゼといちゃいちゃしながらも体術の訓練は続けている。最近では、その訓練に花蓮が加わるようになり、手合わせすることも増えた。
単純な体術だけなら、サムは花蓮に及ばなかった。
身体強化魔法を使っても、花蓮も同じく使用すれば、体術面に差があるため敗北を繰り返している。
しかし、それでも花蓮はサムを自分よりも弱いとは判断しなかった。
剣を持ったリーゼと花蓮の実力は拮抗していた。
お互い全力ではなかったが、決着がつかず、いつも引き分けている。
リーゼが真剣を、花蓮が本気で魔法を使うようになれば、決着はつくのだろうが、ふたりにその気はなかった。
手合わせを通じて、リーゼと花蓮はかなり打ち解けることができた。
サムも花蓮から学ぶことは多く、魔力に頼っていた部分を指摘され、改善するよう助言をもらったりもしたおかげで、また一歩成長することができた。
それからは、午前中は手合わせを中心に体術を学び、午後は魔法の鍛錬を行う。
夕方は、子竜と遊び、アリシアと他愛ない話をする。
夕食時にはエリカやジョナサンたちと会話し、そして夜になればリーゼと甘いひと時を過ごす日々だった。
そんな日常になんだかんだと満足していたある日の昼。
午前中の訓練を終えて、汗を拭いているリーゼが、息を切らしたサムに声をかけた。
「ねえ、サム」
「はい」
メイドが用意してくれた冷たいレモン水をごくごく飲みながら、花蓮がふたりにもグラスを手渡してくれる。
お礼を言い、喉の渇きを潤すサムに、リーゼは言葉を続けた。
「私が剣聖様のお弟子だったことは前に言ったわよね?」
「もちろん、覚えていますよ」
リーゼが王国で一番の剣士である称号を持つ『剣聖』の弟子であることは以前聞いた。
剣聖がどれほどの人物かまではサムは知らないが、リーゼが尊敬していることはわかっている。
「大変お世話になった方ですから、サムとの婚約をお知らせにいきたいの。ここ二年ほど気にかけていただいていたし」
どうやら剣聖は離婚したリーゼを気にしてくれたようだ。
サムの記憶が正しければ、リーゼの元夫も彼女と同じく剣聖の弟子だったはずだ。
だからだろうか、剣聖がリーゼのことを気にかけていたのは。
「そうですね。いいことだと思います。それならご挨拶にいきましょう」
「サムも一緒にいってくれるの?」
「当たり前じゃないですか。リーゼ様と結婚するのは俺なんですから、俺がいかなくて誰がいくんですか?」
「……ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないと思うんですけど」
(てっきり挨拶にいくお誘いだと思ったんだけど、リーゼ様はひとりでいくつもりだったのかな?)
「わたしも行きたい」
「花蓮様?」
「剣聖の強さには前から興味があった。会えるなら、会ってみたい」
手を挙げてついていきたいと言う花蓮に、リーゼが微笑む。
「じゃあ、三人で行きましょう」
「ん。ありがと」
花蓮も同行が決まったのだが、サムは果たして彼女が一緒でいいのかと内心悩む。
(婚約の報告に、婚約者とそのお見合い相手を連れていくってどうなんだろう? あ、でも別に花蓮様は婚約者じゃないからいいのかな? あれ? わからない)
悩んだ末、細かいことは気にしないことにした。
リーゼがいいと言っているのだからいいのだろう。
(剣聖か……剣が使えない俺には縁のない人だけと思っていたけど、まさかこういう形で会うなんてなぁ。どんな人なんだろうか)
花蓮ほどではないが、サムも剣聖という人物に興味を覚えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます