10「ステラ様に気に入られました」




 部屋に戻ってきたステラは、父王に憑物が落ちた顔を向け、朗らかに微笑んだ。


「――父上。ご心配おかけしてしまい申し訳ございませんでした。わたくしは、もう大丈夫です」

「ステラ」

「サムのおかげで、自分が狭い世界に閉じこもっているだけだとわかりました。いえ、わかっていたのに認められたかったことを認めることができました。これからは、もっと広い世界で前を向いていきたいと思います」

「そうしてくれると余も嬉しく思う」

「ですが、その、確認させて欲しいことがあります」

「なんでも言うといい。喜んで応えよう」


 少し迷いを見せてから、ステラは意を決して父に尋ねた。


「わたくしは、その、父上と母上に愛されているでしょうか? 疎ましく思われていませんか?」

「余たちはステラのことを心から愛している。疎ましく思ったことなど、一度たりともない」

「わたくしは幸せになってもいいのでしょうか?」

「無論だ。娘の幸せを願わない親などおらぬ」


 はっきりと言葉で愛情を示したクライドに、ステラの瞳から涙が溢れる。


「ありがとうございます。そして、ごめんなさい。わたくし、意固地になっていました」

「よい。そなたの気持ちはわかる。不義の子などと言われて傷つかないはずがない。余こそ、もっとそなたのことを考えてやるべきだった。すまぬ」

「謝らないでください。わたくしは、もう周囲の雑音など気にしません!」

「よくぞ申したステラ!」

「父上!」


 抱きしめ合うふたり。


(これでステラ様も部屋から出るだろう。国王様も安心するはずだ)


「おふたりが和解できてよかったです。では、俺はこれで失礼しますね」

「待つのだ、サムよ」


 いい感じになったのでこの場から立ち去ろうとしたサムの肩を国王が腕を伸ばして掴む。

 逃亡は失敗した。


(ですよねー)


「そなたには礼を言う。娘の気持ちを知ることができた。ステラよ、そなたにはサムに嫁ぎ幸せになってほしい。そなたの心を軽くしたサムならば、幸せにしてくれると信じている」

「いえ、あの」

「わたくしもサムのことが気に入りました。喜んで嫁がせていただきます」

「あの、だから、その」


 自分を抜きで、話を進めるのはやめてほしかった。

 そもそも今回は顔合わせ程度で、見合いだって後日だと言っていたはずだ。

 しかし、蓋を開けてみたら、ご本人が結婚を承諾してしまっている。

 これにはサムも困った。


「そうか、そうか! サムを気に入ったか! これはめでたい!」

「……いや、めでたくねーよ」

「ステラよ。そなたを嫁がせるのは余も寂しく思う。だが、そなたのことを利用しようとする輩がいるのだ。国に、王家に、混乱を招くのは望まない」

「わかっています。わたくしを担ぎ上げようとする者たちがいるのですね」

「それだけならまだしも、そなたに汚らわしい欲望を抱く者もいる。そのような者たちではそなたを幸せにできぬ。だが、サムならそなたにふさわしい。まだ年若いが、魔法に優れ、心根も真っ直ぐだ」

「はい。わたくしもサムとなら幸せになれるでしょう」


 サムが口を挟む間も無く、国王と王女が話を進めてしまう。

 逃げたくても、意外と力が強い国王にがっちりと肩を掴まれているので、逃げ出すこともできない。


 ステラを嫌なわけではない。

 むしろ、彼女のことは好ましく思う。

 しかし、リーゼという愛しい人を見つけ、結ばれたのにステラと結婚の話をするなんてどうしても不誠実に思えたのだ。

 リーゼだけではない。ステラにも悪いと思ってしまう。


 貴族になるのだから、一夫多妻が認めてられているから、と言われたらそれまでなのだが、前世では恋人すらいたことないサムにはどうも違和感があってならなかった。

 貴族としての心構えなど教わっていないので、日本人の庶民の感覚が今もなお残っているのだ。


「妻としてサムを支えるのだぞ」

「もちろんです」

「ただ、ひとつだけ、頼みたい」

「なんなりとおっしゃってください」

「王位継承権を放棄してほしい。無論、ステラが余の娘であることはなんら変わらぬ。だが、王位継承権があっては、そなたを利用するのを諦めぬ者もいるだろう」

「かしこまりました。王位には興味がありません。父上と母上に愛されているだけで、わたくしはいいのです」

「すまぬ。そして、感謝する。そなたのような聡明な娘に恵まれ、余は幸せだ。心から愛しているぞ、ステラよ」

「わたくしもです、父上」


 親子が通じ合ったことは本当に嬉しく思う。


(いい話になったけど、俺はどうしたらいいの?)


「さて、サムよ。今回は感謝している。改めて、日取りなどを決めるとしよう」

「日取り!?」

「……いや、リーゼロッテやウォーカー伯爵の都合もあるだろう。そういえば、木蓮の孫娘ともこれから会うのだったな。その辺りがはっきりせぬと、事を進められぬ」


(そうだった……木蓮様のお孫様とも会うんだった……これ、どうするの? リーゼ様に愛想尽かされないよね? 大丈夫だよね!?)


「ステラは婚約者として、結婚に関しては追々決めていくとする。まずは、木蓮の孫娘との見合いに励むといい」

「……わかりました」

「うむ。では、改めてまた会うとしよう」

「は、はい、では、またのご機会に」

「サム、またお会いしましょう」


 まだ見ぬ木蓮の孫娘のおかげで、とりあえずこの場ではここまでとなった。

 しかし、油断はできない。

 ステラは嫁ぐ気満々で、国王は嫁がせる気満々だ。

 サムも嫌とは言えない。

 リーゼに悪いと思いながらも、ステラを嫌うことができないのだ。

 いっそ、性格が悪かったりすれば、はっきりと断ることもできたのに、と思う。


(屋敷に帰ったら、リーゼ様に土下座をしよう)


 婚約者が増えてサムは、足取り重くウォーカー伯爵家へ帰っていくのだった。



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